「あんたを倒したら賞金百万ゴールド!」

 聖女が爆弾発言を投下した。

「ひゃ、百万!?」

 マオの声が裏返る。

「そ、そんな金はどこから……?」

「そんなの負けなきゃいいのよ。だって、あなた負けないんでしょ? まぁ、負けたら契約金から棒引きだけどね。くっくっく」

 聖女は挑発的な笑みを浮かべる。その視線は、まるで獲物を値踏みする商人のようだった。

「負けはしないが……」

 マオは言葉を濁した。

「みんな押し寄せるわよぉ……。大陸中から腕自慢が集まって、歴史的な配信になるわ。ふふっ」

(は? 何百人もの冒険者を相手にするなど、面倒極まりない!)

 マオは必死に断る理由を探す。

「でも、魔王が……何というかな?」

 聖女の次の言葉が、マオの心臓を直撃した。

「利用料払うって言えば、二つ返事でうなずくでしょ。あいつ、金欠だから。ふふふっ」

「き、金欠……」

 マオの拳が、ぎゅっと握り締められた。爪が掌に食い込む。

 金欠。確かにその通りだ。だが、それを敵国の聖女に嘲笑われるとは――――。

(このクソ女……!)

 怒りで顔が熱くなる。だが、それを表に出すわけにはいかない。必死に平静を装うが、震える拳は隠しきれなかった。

「実際、魔王軍なんて今や張子(はりこ)の虎よ」

 聖女は容赦なく追い打ちをかける。

「兵士への給料も払えない、城は崩れかけ、食事は出涸(でが)らしスープ。あんな情けない状態で、よく魔王なんて名乗ってられるわよね」

 グサッ、グサッ、グサッと言葉の刃が、マオに突き刺さる。全て事実だけに、反論のしようがない。

「まぁ、だからこそ利用料を払えば飛びつくでしょうけど」

 聖女の唇が、蛇のような笑みを描く。

「『偉大なる魔王様、お金に困ってるんですってね?』って言えば……ふふふっ、きっと涙目になって縋ってくるわよ」

(くっ……。言わせておけば……)

 マオはわなわなと震える。

 しかし、聖女はとどめの一撃を放った――――。

「一万ゴールドも払えば……あの貧乏魔王、土下座して靴でも舐めるんじゃない? おほほほほ!」

 高慢な笑い声が、部屋中に響き渡る。

「ど、土下座して……靴を……」

 プツン。

 マオの中で、何かが音を立てて切れた。

 ヴゥゥゥン――!

 円卓の下で、マオの右拳に青い稲妻が走る。天穿(アジュール)(ストライク)――魔王の必殺技の一つ。全てを貫く、絶対破壊の拳。その光が、殺意と共に膨れ上がっていく。

(陛下! 何やってるんですか!?)

 リリィが真っ青になって念話を飛ばす。

(止めるなリリス!)

 マオの念話は、もはや咆哮だった。

(このクソ女、一秒で血霧にしてくれるわ!!)

(ストップ! ストーーップ!)

 リリィが必死にマオの銀髪を引っ張る。

(聖女を倒しても、金は入ってこないんですよ!?)

(金の問題ではない!!)

 青い光が、さらに激しく脈動する。

(この五百年間、余を侮辱した者は全員血祭りに上げてきた! 例外など一度もない! 土下座だと!? 靴を舐めるだと!? 殺す! 今すぐ殺す!)

(分かります! お気持ちは痛いほど分かります!)

 リリィが必死に説得を続ける。

(でも陛下、血祭りの上げ方を変えましょう!)

(む?)

 マオの殺気が、わずかに和らぐ。

(どういう……ことだ?)

(ここは一旦、金を受け取りましょう。そして魔王軍を完全復活させた後に……)

 リリィの瞳に、悪魔的な光が宿る。

(この街ごと、教国ごと、聖女の大切なもの全てを奪い尽くして、最後に土下座させてから滅ぼしましょう!)

(んむむ……)

 マオの拳から、少しずつ光が薄れていく。

(今、聖女を倒したら即戦争です。飢えた魔王軍では勝てません。陛下が土下座することになりますよ?)

(くぅぅぅ……!)

 歯ぎしりの音が、ギリギリと響く。

(分かった……分かったぞリリス……。ここはお前に免じて耐えてやろう! くぅぅぅ……この、クソ聖女め……)

 マオは震える拳を、ゆっくりと開いた。青い光が、名残惜しそうに消えていく。

(さすが陛下♡)

 リリィは引っ張っていた銀髪を元に戻し、優しくなでてなじませる。

「……あなたたち、何やってるの?」

 不審に思った聖女が、突然円卓の下を覗き込んできた。金色の髪が、テーブルの端から垂れ下がる。

「い、いや! 何でもない! ぬははは」

 マオは何食わぬ顔で聖女を見上げた。

「……?」

 聖女が怪訝そうに小首を傾げる。