目の前に広がる大海は、どこまでも続く空とは異なる青色で煌めいていた。
夏休みに入り、今年二度目の遠征――合宿が始まった。五月の遠征と異なる点は、遠征先が少し遠くになったことと、二泊三日になったことだ。大きな変更点というほどでもないが、この間よりも旅行気分の部員は多い。
「俺らの夏はここからが本番だな! SNS映えする写真いっぱいとるぜ~」
「はは~夕也は相変わらずだな。バドのこと頭にない」
浜辺でビーチサンダルを履き、サングラスをかけている昴は夕也のこと言えないと思う。
俺も、去年と同じ合宿場所だがこんなに広い海を見るのは久しぶりだしテンションは上がっている。しかし、盛り上がる気持ちよりも、今回も彼と同じ部屋なのでそっちの方が緊張する。
波打ち際までいってはしゃぐ二人を見ていると、スッと視界が暗くなった。見上げれば白いキャップを被った八重樫くんが俺に日傘をさしてくれている。
「先輩肌白いので焼けると痛いですよ」
「あ、ありがとう」
いえ、といって頭を下げる彼は出会ったときから変わらない。でも、俺はあの日から彼の目を見て喋れなくなってしまった。
せっかく日傘をさしてくれたのに、身体の三分のいて程度外に出てしまう。
(不自然だよな。八重樫くん……気づいているだろうし。部屋も一緒だからこのままは絶対気まずい……!!)
「そ、その傘自前?」
「自前です。海の近くでの合宿と聞いたので、多分海で遊ぶだろうなと思って準備しました」
「俺のため……」
「はい、先輩のためです」
つい聞いてしまったが、予想通りの返事が返ってきて開いた口が塞がらない。はくはくと口を動かし、すでに汗が染みているTシャツの胸元を掴んだ。
(ダメだ。なに言われてもドキドキする!!)
八重樫くんから向けられる言葉や、行動がすべて好意と捉えてしまってからは加速するようにドキドキが止まらなくなった。
分かりにくい部分もあるが、感情表現が乏しい彼なりに努力して伝えようとしてくれているその不器用さがかわいく思えて仕方がない。プラスで、本人に重い自覚があるのもまた……
(なにも聞けてないし、勝手に妄想広げていってるだけだけど。八重樫くんの態度って変わらないよな……)
三者懇談から一か月ほどは経っている。それでも俺たちの関係は仲のいい先輩後輩のままだ。別に、あちらからどうなりたいというリアクションもない。けれど、俺も受動的すぎる。ずっと受け取ってばかりで、彼に言葉を返すことができていない。
俺が八重樫くんとどうなりたいか、もっと真剣に考えるべきだ。
(俺、八重樫くんのこと好きなのかな)
特別な後輩だ。一緒に予定を立てるのが楽しくて、コート上でも楽しくて。俺より大きな彼のことを頼りにしているし、かっこいいと思う。
その気持ちが友人としてのなのか、一人の人間としてなのかまだ分からない。八重樫くんはきっと、自分の感情に自覚的で、それに名前を付けられているんだろう。
「先輩は遊びに行かないんですか?」
「今は見てるだけかな。すでに足の裏チクチクしてるし。八重樫くんは遊びに行かないの?」
「俺はいいです。海はよく行くので」
「ご家族で?」
「ご家族で」
「真似しなくてもいいんだよ。か、家族でか……俺は旅行とか行かないな。行くとしても二人きりになっちゃうし、ちょっとはずいかも」
それにガチガチに予定組まれそうで楽しめないと思う。
「俺と二人きりでも楽しめないですか?」
「八重樫くんと旅行? それは楽しいと思うよ。だって君と一緒にいるの楽しいし、他のこと考える暇ないくらい君のこと……待って、今の無し」
「え? なんでなしなんですか。俺と一緒にいるの楽しいって」
「楽しいよ。楽しいの。はい、この話はここで終了!」
スススと日傘から抜け出そうとすれば、絶対に俺の身体が陰から出ないように追いかけてくる。かに歩きで距離を詰めてくるものだから笑って逃げることもままならない。
一度スイッチが入ると八重樫くんはとことん詰め寄ってくる。いつもその距離感で来られたら身が持たないが、たまになら……いや、それでも身が持たない。
「今回も思い出いっぱい作りに来ましたから。覚悟しておいてください」
「八重樫くんは俺をどうしたいのかな?」
バドミントンの思い出だよね。
八重樫くんの方を見れば彼はきょとんと目を丸くしていた。それから、ゆっくり首を二十五度くらい傾ける。同時に日傘も同じ角度に傾いた。
照り付ける太陽が砂浜に反射して眩しい。ただ、陰になった彼の顔は暗いまま、でも顔ははっきりと見える。
「どうしたい? どうしたいんでしょうね。今のままでも十分幸せなんですけど」
「そ……っか」
返ってきた答えに拍子抜けする。恋人になりたい――そんな答えが返ってくるとは思っていなかったけど、それに近い何かを八重樫くんなら言ってくるんじゃないかと思っていた。
じゃあ、今のままの距離で、関係で……
そう思っていれば「八重樫くーん!」と一年生の女子が彼を呼ぶ。彼女たちは、浜辺に似合う可愛らしい私服姿だった。ただ、その目の色は八重樫くんを狙っている。
「呼ばれてるよ」
「先輩がいるのに行くわけじゃないじゃないですか。もっと、日陰に入ってきてください」
「う、うん」
彼の手が腰に伸び、グッと引き寄せる。たまに強引なところがあるから、勘違いしそうになる。
(……俺も、八重樫くんにどうしてほしいんだろ。どうなりたいんだろ)
今はまだ受け取るだけだ。なのに、それ以上望もうとしている自分がいる。何だかそんな自分が卑怯に思えてきて仕方がない。
あの雨の日よりも大きな日傘に二人。八重樫くんの肩にはサンサンと太陽が降り注いでいた。
◇◇◇
集中、集中!
そう言い聞かせ、飛んできたクリアをチャンスとスマッシュを叩き込む。
スパンッ!! 気持ちのいい音が体育館の壁にぶつかって響き、一点が入る。
「ほんと容赦ねえー!!」
「まひる絶好調だな」
流れる汗を袖で拭って、ラケットの柄の部分を握る。八重樫くんに巻き直してもらったグリップはいつもより握りやすく感じた。
バドミントンに集中したいのに、頭の半分以上八重樫くんが占めている。
はじめは、ただバドミントンに打ち込む後輩が入ってきて嬉しかっただけだったのに、いつしか俺の方が彼を目で追っていた。今も俺とダブルスを組み、きわどいショットを打つ彼はめきめきと成長している。この夏でさらなる進化を遂げそうで、すぐに追い越されるんじゃないかと不安もあった。運動のセンスが抜群にいい。
それ抜きにしても、俺は彼のことが気になって気がそぞろになっていた。今のショットだって少し力み過ぎた気がする。身体への負担、疲労が蓄積されている。
「まひる先輩、今のショットかっこよかったです」
「……っ、ありがとう」
(いちいちキラキラした笑顔向けてくるんだもん。こんなのときめくに決まってる!!)
女子たちがキャーキャー言うのも今なら分かる。
最近は、彼のラケット一本にしろ目が行くようになっていた。俺と同じラケットだ。
邪念を払わなきゃ、バドミントンに集中しなきゃ。ラケットを握る手に力が入る。
その後も激闘の末、五点差で俺たちが勝利した。
「お疲れ様です。これ、塩分ゼリーです。よかったら」
「八重樫くんは俺をどうしたいの?」
「どうしたいのとは?」
「何でもない。ゼリーありがたくいただくよ」
ペンギンの絵が印刷されたゼリーを受け取って、チュウチュウと吸う。美味しいものではなかったが、ほんのりと果物の味がした。
三年生の先輩はこの間の試合で負けてしまったため引退。ここから後期に入るにあたってバドミントン部は新しい体制に入る。やることは変わらないが、俺たちもいよいよ引退に向けて走り出していく。とはいえ、まずは新人戦だろう。八重樫くんは一年生唯一の男子だから、シングルで出るしかない。でも、彼ならきっといい成績を納められる。
女子たちも、先輩が抜けたことで以前よりのびのびバドミントンに打ち込めているようだ。
そんな試合を見ていると、体育館のステージ側で女子たちの騒ぐ声が聞こえてきた。うちわや小物、淡い色のリボンでラッピングされた袋などを持ち寄って、とある女子部員に渡している。
「未空誕生日おめでとう。何歳になったの~?」
「十六。みんなもすぐに十六になるって」
「えーやだ~」
キャッキャと楽しそうな声と雰囲気がこっちまで伝わってくる。プレゼント交換の後は写真撮影をするのか、ステージに集まって角度を調整している。
プレゼントを受け取っていたのは緒方未空さん。一年の女子の中で中学からバドミントンを続けている子で、女子の中では一番強い。一年の輪の中心にいるし、噂ではSNSのフォロワーも多い、プチインフルエンサーなのだとか。ラケットも夕也に負けず劣らずいいものを使っている。長い髪は試合中はポニーテールにしているが、部活終わりは前髪までしっかり固めたストレートヘアに戻っている。
「一年生何やってんだろーな」
「緒方さんが誕生日らしくて、プレゼント交換と撮影会やってるんじゃない? ……私物持ち込み多いのはどうかと思うけど、まあ、誕生日って年に一回しかない特別な日だから」
「映える写真でも撮ってんのかなあ。俺も映える写真の撮り方教えてもらいたいわ」
「なら、夕也いって来いよ」
「やだね。緒方さんだっけ? 誕生日なのに『先輩プレゼントないんですか~?』ってせがまれたら嫌だし」
「確かに、言われそー」
夕也の空になったゼリーのゴミを回収しながら、二人と駄弁る。八重樫くんは俺の隣でちまちまとゼリーを食べていた。肩が当たるすれすれの距離にいるから、俺は身動きができない。
体育館に似つかわしくないシャッター音が響く中、ふと緒方さんの高い声が聞こえてくる。
「誕生日だからってのと、合宿だし、思い切っていってみようかなって思ってるの」
「えー前から言ってたやつ? ハードル高くない? あーでも、ワンチャン未空ならいけるかも」
「応援してくれるよね。無理だったら慰めてー」
「最初から敗北宣言って、自信もちなよ~」
少し大きな笑い声に交じってそんな会話が聞こえてきた。主語がないためいったい何の話をしているかわからなかったが、緒方さんがこちらをちらりと見たのが分かった。思わず視線をそらしてしまったが、俺を見ているんじゃなくて八重樫くんを見ているような気がした。
もしかして、そういうことなのかもしれない。妙に冴えた頭が答えを導き出す中、八重樫くんに名前を呼ばれる。
「どうかした?」
「名前呼んだだけです。呼びたかったので」
「そ、そう……?」
「嘘です。三人で話してばっかりだったので、俺も混ぜて……俺のことかまって欲しいなって。拗ねてました」
「や、八重樫くん、そういうところ!」
やっぱり変だ。
三者懇談以降、さらに素直さが加速している。口数が多いわけじゃないから、毎回の言葉が胸にクリーンヒットしてしまうのだ。
塩分チャージしたばっかりなのに汗が噴き出してくる。手に持っていたゴミをギュッと握ると、まだ残っていたゼリーの汁がぴゅっと飛び出した。
◇◇◇
海鮮が中心のビュッフェに舌鼓を打ち、天然温泉破棄しきり状態で大満足だった。
夕也は風呂上りに小さな卓球場を見つけ、昴を引きずって行ってしまったため、俺と八重樫くん二人で部屋に戻ることになった。
「板倉先輩ってバドミントン部ですよね?」
「そーだね……夕也だから許して」
「別にいいですけど……土屋先輩も振り回されて大変そうですよね」
「そうかな? 昴も冷めてるように見えるけど、結構楽しんでると思うよ。この合宿も無理言って塾を休んできてるくらいだし。バドが好きなんだよ」
昴に塾の話をちょくちょく聞くが、高校の勉強は二の次、塾の課題を終わらせるのが優先! らしく、睡眠時間を削ってカツカツなスケジュールでやっているらしい。それでも、成績が上がったときは達成感を感じるし、嫌なことだらけじゃないとも言っていた。ただ、昴は中学からバドミントンを続けてきたこともあって、週に一回、多くても二回しか来れない現状には満足していないようだ。
塾と部活の両立はやっぱり難しい。母には塾を急かされているが、今はそんな気にも慣れない。俺たちも先輩たちのように初戦敗退して、すぐに受験モードに切り替えなきゃいけないかもしれないけど、粘りたいし、勝ち進みたいと思っている。でも、母にはきっとそんなこと関係ないんだろう。
一日目が終わり、二日目のスケジュールを頭に浮かべながら彼と並んで歩く。反対側から人が来たときは一列になるが、八重樫くんに背後に立たれると落ち着かない。いや、隣でもそれは変わらなかった。
二人きりという状況に、心臓が早鐘を打っている。廊下は静かだし、聴こえちゃうんじゃないかとびくびくしている。
「八重樫くんは帰ってからいつも通り日記を書くんだよね」
「日課ですから。今日もたくさん書くことありそうです」
「毎日充実してるってことだよ。いいことだと思う」
優等生が言いそうな言葉を口にしながら、尻ポケットに入れていたスマホを触る。
これまでなら普通にできていた会話もたどたどしい。俺の方が話題を見つけるのに必死になっている。
二人でいるのにスマホを触るなんて感じが悪いと思われそうだ。ポケットに入れているスマホをグーパーグーパーと握りながら、道中会話を考える。部屋についてもっと気まずくなったら嫌だ。
(八重樫くんは、この何も会話のない二人きりの空気、どう思ってるんだろう)
気まずいと思っているのは俺だけ?
「八重樫くん!」
もう少しで部屋に到着というときに、前からやってきた緒方さんに呼び止められる。彼女の後ろには数人の女子がいて、彼女よりもそわそわして俺を見ていた。
緒方さんは、俺の方を見ると覚悟を決めたように口を開く。
「先輩、ちょっと八重樫くん借りていいですか」
「借りるって……」
八重樫くんを独占しているわけでもないのに。でも、いつも一緒にいるからそう思われているのかもしれない。
俺は、なんとなく八重樫くんの方を見たが、彼はさっきよりもツンとした表情で彼女たちを見ていた。俺は彼じゃないし、彼が良いっていうならとしか言えない。しかし、昼間の会話を思い出し、そういうことなんだろうなと察してしまった俺は八重樫くんの背中をポンと叩いてしまった。
「まひる先輩?」
「俺、部屋に戻ってるから。鍵開けとくからいつでも帰ってきて」
引き留める理由も無かった。後輩たちの問題だし、変に察していると思われてもヘイトを買うだけだ。俺のせいで部活の空気が悪くなるのも嫌だった。
八重樫くんを残していくのも気がひけたが、彼女たちは一歩も譲る気がないという表情を向けていたし、どのみち引き下がらなかったと思う。
八重樫くんに一瞬服を引っ張られた気がしたが、俺は彼女たちの隙間を縫って部屋に向かった。後ろの方で「ちょっと場所移動したいんだけど」と緒方さんの声が聞こえる。
これでよかったのか分からない。けど、どうすればよかったのかも分からない。
なのに、胸がすごく痛い。
(告白ってことだよな。絶対、そう)
緒方さんはきれいな女の子だ。八重樫くんは迷惑そうにしていたけど、もしかしてってこともあるかもしれない。そう考えるだけで、胸がチクチクしてきた。
がむしゃらに走ったあと、急に足が重たくなって一歩、二歩と進まなくなった。
八重樫くんは女子たちに迷惑していた。けど、誰かを好きって気持ちを邪魔するのもいけない。あそこで俺が出しゃばっても何もいいことなんてなかった……と思うのに。
身体が来た道へ向く。
そうはいっても気になる。八重樫くんのこと、告白のこと。
俺は、来た道を引き返すべく歩き出す。すると「まひるじゃん」と反対側から夕也と昴の姿が見えた。風呂に入ったばっかりだったが、全力で卓球をしたのか汗をかいている。
「何してんの。あれ? 八重樫は?」
「八重樫くんは……ああ! そっち行っちゃダメ」
「何でだよ」
「な、なんでも。今、掃除してたから」
二人は首をかしげる。夕也たちは、昼間の会話を聞いていなかったからわからないんだろう。
「とにかくダメ」
二人から背後の道を隠すように両手を広げる。
気になっているのは自分なのに、肝心な時に動けない。傷つくのが怖いから、逃げている……そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
(八重樫くん、俺ってこんな人間なのに……俺のこと尊敬とか、好きだって思ってくれてるの?)
今の俺は先輩としても、一人の人間としてもダメだと思う。自己肯定感も下がり、胸が痛い。もやもやとした気持ちは誰にも話すことができず、溜まっていく一方だった。
明らかに、一年女子と八重樫くんとの間に距離がある。
「キレがないぞ―まひる」
ポーンと飛んできたクリアを打ち返すのに失敗し、夕也に点数が入る。いつもならしないミスに、相手が不思議がるほどだ。
昨日部屋に戻ってきた八重樫くんはあの後なにがあったか説明してくれなかった。彼は、こちらから求めなければ返答しないタイプなのを知っていたので予想はしていたことだが、どうなったのか気になってしまった。しかし、今朝の様子を見ると緒方さんの告白は失敗したんだろうなというのが分かる。一年の女子全体の空気が重い。
ステージの下で昴としゃべっている八重樫くんはいつもと変わらない様子だった。
(よかった……って思った俺は、性格悪いかな)
もし告白が成功していたら八重樫くんは誰かのものになってしまっていた。俺が彼を拘束しているわけじゃないけれど、離れていくことや、特別という枠から彼が外れてしまうことを俺は酷く恐れているのだと知った。
母が俺が離れていくことを引き留めようとしていたり、自分の手中に収め監視したりしたいのはそういう感情なんじゃないかと思ったら頭が痛くなってくる。
俺は過干渉気味な親にうんざりしていたが、俺こそ八重樫くんを無意識に束縛しようとしていたんじゃないかと。俺は八重樫くんの何物でもないのに。
すごく大人げない。けど、俺の中にこんな感情があったことに驚いている。
「どうした。また、ミスしてる」
「ごめん。体調悪いかも」
「あーそーう?」
こちらのコートまで来て、俺の様子を窺う。間延びするような声を発した夕也は、ブンブンとラケットを振っていた。そのラケットが俺の白いラケットにカンッ! と音を立ててぶつかった。その瞬間、ラケットの縁から全体に強い衝撃が加わって縁を中心としたラケットの大部分が曲がってしまった。いとも簡単に変な方向に曲がってしまい、ぶつかったところはメッキがこれでもかというくらい剥げている。
「あ、やっべっ」
「まひる先輩、大丈夫ですか」
夕也を押しのけるようにやってきた八重樫くんが俺のラケットを見る。
もともと長い付き合いのラケットだからいつか壊れると思っていたが、これだけの衝撃で壊れるなんて思いもしなかった。
「ごめ、まひ……まひるぅ」
「板倉先輩もっと真剣に謝ってください。まひる先輩の大切なラケットなんですよ」
「八重樫くん、大丈夫。夕也も折ってやろうって思ったわけじゃないだろうし……そっか、壊れるんだ」
今程度の衝撃で。
大切に使っていた者だったからこそ、あまりのあっけなさに言葉も出ない。しかし、元はといえば俺が試合に集中できなかったから夕也がこっちのコートに来たのだ。俺の集中力のせい。曲がってしまったラケットをどうしようかと思っていれば、ひんひん泣いていた夕也がラケットの入ったもう一本の袋を持ってくる。
「予備に持ってきたんだけど、まひる合宿中これ使ってくれよ。折ってもいい!」
「折ってもいいって……練習できないのは困るから貸してくれるのはありがたいけどさ」
今の俺は上手い返し方が何一つできなかった。
曲がってしまったラケットを見て、呆然と立っていることしかできない。試合も中断するしかなくなり、次のペアと交代する。
「まひる先輩……」
夕也は、昴に呼び出され体育館を出て行った。残った八重樫くんだけが隣にいてくれている。
「心配かけちゃったよね。いやぁ、五年間やってきてラケット折れるのはこれが初めてかも。こんなふうに曲がるんだ」
「大切なものでしたよね。その、なんて言ったらいいか」
「……消耗品だから、どれだけ大切に使っていても終わりはあるものだよ。それが今日だっただけ。それに、俺も集中できてなかったから」
俺だけのせいじゃないけど、俺のせい。
俺がそう繰り返すと、八重樫くんは開いていた口を優しく噛んだ。そうして、俺の手にそっとその大きな手を重ねた。少し冷たくてひんやりする。
「先輩が気にしてるのって、昨日のことですよね」
「分かるの? やだな、俺、そんなに顔に出てた?」
「……先輩にはバドに集中してほしいんですけど、俺も言いたいことはいっぱいあって。まひる先輩、今日の夜ちょっといいですか」
真剣なまなざしが俺を射抜く。
意識を逸らそうと思ったが、彼の鋭い眼光を受けてはそれもままならない。
何を言われるんだろう。ここでその詳細を聞くことも出来ず、うん、と頷くことしかできない。流されている自覚はあったが、ラケットが折れてしまった衝撃もあって頭が真っ白になっていた。
「昨日のうちにちゃんと言えばよかったですね。でも、言えなくて」
「俺のこと、いつも気にしてくれてるもんね。大丈夫……俺も、傷つくときは傷つくけどさ、そんな弱くないと思うよ。弱いって見えてるなら、そうなのかもしれないけど」
自分のことはわからない。客観的に上手く見えないのだ。
それでも、八重樫くんがそんな俺でも受け入れるといった目を向けてくれるから、心が緩んでしまう。弱い部分が出てきてしまう。
「じゃあ、夜まってるね」
彼と同じ折れてしまった白いラケットを握り、改めて彼の言葉に返事を返すことができた。
夜の海は、昼間とはまた違う色をしていた。
いつも住んでいるところよりも街灯が少ないおかげで、空に浮かぶ星が多く見える。
八重樫くんに指定されたのは部屋ではなく浜辺だった。消灯時間までは時間があるため、散歩くらいはできるだろう。
「すみません、待たせてしまって」
「俺も今来たところだから」
デート前みたいに、髪の毛が跳ねていないか気になってしまう。先ほど温泉に入ったばかりで、ドライヤーで乾かしたが右側のほうがみょんと跳ねているような感覚がする。
八重樫くんは黒いTシャツに、白い半ズボンをはいていた。その足元は軽そうな黒いサンダルだ。
「改めてまひる先輩を向き合うと緊張しますね」
「そんなふうには見えないけど……でも、八重樫くんがそういうならそうなんだろうね」
暗くて顔がよく見えない。海の遠い場所で船の明かりがチラチラと見えては消えていく。吹き付ける潮風は、独特な匂いを含んでいた。
八重樫くんは頬を数回掻いたあと、おもむろにズボンのポケットに手を入れ一枚の封筒を取り出した。見覚えのないものだったが、それがラブレターなんじゃないかと気づくまでには時間はかからなかった。
「先輩にずっと渡したかったんです。いや、直接話せばいいんですけど、上手く伝えられないかもしれなくて。俺、昨日告白されました。でも、ちゃんと断りました。好きな人がいるのでって」
「う、うん」
「先輩、もう気づいてくれていますか?」
直球な言葉が飛んでくる。
ロマンチックとか、情緒に欠けるとか、夕也だったらいいそうだけど、俺は遠回しに言われるよりも直接的に言われたほうが嬉しい。
俺は彼から封筒を受け取り両手をそっと添えた。
昨日の女子が知ったらどう思うだろうか。ふと頭にそんなことがよぎったが、それがすぐに吹き飛んでしまうくらい頭の中は八重樫くん一色に染まっていく。かつてないほど高速で打つ心臓は今にも飛び出しそうだ。
「俺のこと、好き、なんだよね。自信ないけど。ラブレター……入学してすぐに部活で拾った。あれ、わざとだったの?」
「いや、あれは偶然でしたよ。さすがに、そんな漫画みたいなことできませんよ。誰が拾うかも分からないのに、自分の運に任せるなんてことしません。まさか、先輩に拾われたなんて思ってもいませんでしたけど」
「じゃあ、本当に偶然だったんだ」
さすがに俺の考えすぎだったか。八重樫くんは苦笑しながら、俺を見る。慈しむようなその瞳はきれいなオニキス色だ。
告白されるのかな? そう流されるまま身構えているけど、違ったらどうしよう。期待している反面、昨日のことや、自分に自信が持てなくて卑屈になってしまう俺のどこがいいんだろうかと分からなくなる。八重樫くんは俺の気づいていない俺のいいところを言ってくれるけど、嫌いな自分が消えてくれるわけじゃない。
「中学生の時、それこそ先輩が俺の自転車の鍵を拾ってくれたのは偶然だったと思います。そこから、先輩のことが気になって。高校で再会できたのも運命で、そこからバドに入るって決めたのは先輩がいたからです。ずっと追いかけて……近くにいればいるほど、気になって。気になる優しい先輩から、尊敬できる好きな人に変わっていきました」
一目惚れではなく、人柄を知って――そう、八重樫くんは付け加える。
一目惚れの響きはロマンチックだ。それこそそんな漫画みたいな話あるのかって思ってしまう。
(俺の覚えてないこと。でも、八重樫くんにとっては大切な思い出)
ずっと覚えて、俺を近くで観察して、好きになっていってくれて。愛溢れる言葉を聞いて、胸がいっぱいになる。見られていたのは恥ずかしいけど、悪い気はしない。
ストレートで、重量を孕んだ一言、一言に胸がときめく。握っていたラブレターは緊張と喜びで少しくしゃっとなってしまった。
「そのラブレターに全部書いてあるんですけど、言わせてください。まひる先輩のことが好きです。俺と付き合ってください」
ド直球な言葉が投げ込まれる。静かな波の音が響く中、低い彼の声がいつものように耳をくすぐった。
まっすぐと俺だけを見て、少しだけ瞳は震えていて。八重樫くんでも緊張や、不安を覚えることはあるんだと安心する。
俺もこの数か月彼と一緒にいて、彼のことをよく見てきた。気づけば、隣にいるのが当たり前になっていたし、特別になっていた。今の言葉が胸にじぃんと来た。言葉で伝えるのが下手だった彼が、その口で、自分の言葉で伝えてくれた。
俺も、八重樫くんのこと――
「ありがとう。俺も……でも、ごめん」
「まひる先輩」
「……まだ、自信が持てなくって。愛されている、自覚、とか。最低なのはわかってるんだけど。八重樫くんが思うほど俺いい男じゃないから。尊敬できる先輩でもないかもしれない」
本当はこんなことが言いたいんじゃない。素直に嬉しいし、受け止めたいと思ってる。ちょっと重い彼のことを俺だって気になっている。
でも、昨日のことがフラッシュバックする。俺も初めての感情で、これが恋なのかも分からない。今のまま嬉しいってだけで彼の気持ちを受け取るのはなんだか不誠実な気がする。
「恋人になってから、やっぱり違ったかもって思うかも」
これからもっとずっと一緒にいるとして、俺のことをさらに知って嫌いになったら……?
期待からの失望。
怖い。顔色をどうしても窺ってしまう。傷つかないで済む方法を探そうとしてしまう。
俺の悪い癖。
ラブレターをつき返すことはできなかったし、突っぱねることも出来ないどっちつかず。最近ずっと八重樫くんにかっこ悪い姿を見せている。
「――なら、先輩、お試し期間作りませんか」
彼の手がスッと俺を包む。八重樫くんはいつも、俺を安心させるとき、何かを伝えたいとき決まって俺の手に触れてくる。これは彼の癖なのだろう。
顔を上げれば、ちょっと傷付いたけど、諦める気がなさそうな彼と目が合った。
「お試し期間?」
「俺と、恋人お試し期間です。俺も、先輩からしてかっこ悪いところあるかもしれません。でも、それって恋人にならないと分からないことかもしれないじゃないですか。だから……俺、諦め悪いので、こっちだって変な条件提示してるのはわかってます。けど、諦められないので、お試しの恋人期間……ダメですか」
必死になって言う彼の頬は赤く、不安そうな太い眉が垂れ下がっていた。
夏休みに入り、今年二度目の遠征――合宿が始まった。五月の遠征と異なる点は、遠征先が少し遠くになったことと、二泊三日になったことだ。大きな変更点というほどでもないが、この間よりも旅行気分の部員は多い。
「俺らの夏はここからが本番だな! SNS映えする写真いっぱいとるぜ~」
「はは~夕也は相変わらずだな。バドのこと頭にない」
浜辺でビーチサンダルを履き、サングラスをかけている昴は夕也のこと言えないと思う。
俺も、去年と同じ合宿場所だがこんなに広い海を見るのは久しぶりだしテンションは上がっている。しかし、盛り上がる気持ちよりも、今回も彼と同じ部屋なのでそっちの方が緊張する。
波打ち際までいってはしゃぐ二人を見ていると、スッと視界が暗くなった。見上げれば白いキャップを被った八重樫くんが俺に日傘をさしてくれている。
「先輩肌白いので焼けると痛いですよ」
「あ、ありがとう」
いえ、といって頭を下げる彼は出会ったときから変わらない。でも、俺はあの日から彼の目を見て喋れなくなってしまった。
せっかく日傘をさしてくれたのに、身体の三分のいて程度外に出てしまう。
(不自然だよな。八重樫くん……気づいているだろうし。部屋も一緒だからこのままは絶対気まずい……!!)
「そ、その傘自前?」
「自前です。海の近くでの合宿と聞いたので、多分海で遊ぶだろうなと思って準備しました」
「俺のため……」
「はい、先輩のためです」
つい聞いてしまったが、予想通りの返事が返ってきて開いた口が塞がらない。はくはくと口を動かし、すでに汗が染みているTシャツの胸元を掴んだ。
(ダメだ。なに言われてもドキドキする!!)
八重樫くんから向けられる言葉や、行動がすべて好意と捉えてしまってからは加速するようにドキドキが止まらなくなった。
分かりにくい部分もあるが、感情表現が乏しい彼なりに努力して伝えようとしてくれているその不器用さがかわいく思えて仕方がない。プラスで、本人に重い自覚があるのもまた……
(なにも聞けてないし、勝手に妄想広げていってるだけだけど。八重樫くんの態度って変わらないよな……)
三者懇談から一か月ほどは経っている。それでも俺たちの関係は仲のいい先輩後輩のままだ。別に、あちらからどうなりたいというリアクションもない。けれど、俺も受動的すぎる。ずっと受け取ってばかりで、彼に言葉を返すことができていない。
俺が八重樫くんとどうなりたいか、もっと真剣に考えるべきだ。
(俺、八重樫くんのこと好きなのかな)
特別な後輩だ。一緒に予定を立てるのが楽しくて、コート上でも楽しくて。俺より大きな彼のことを頼りにしているし、かっこいいと思う。
その気持ちが友人としてのなのか、一人の人間としてなのかまだ分からない。八重樫くんはきっと、自分の感情に自覚的で、それに名前を付けられているんだろう。
「先輩は遊びに行かないんですか?」
「今は見てるだけかな。すでに足の裏チクチクしてるし。八重樫くんは遊びに行かないの?」
「俺はいいです。海はよく行くので」
「ご家族で?」
「ご家族で」
「真似しなくてもいいんだよ。か、家族でか……俺は旅行とか行かないな。行くとしても二人きりになっちゃうし、ちょっとはずいかも」
それにガチガチに予定組まれそうで楽しめないと思う。
「俺と二人きりでも楽しめないですか?」
「八重樫くんと旅行? それは楽しいと思うよ。だって君と一緒にいるの楽しいし、他のこと考える暇ないくらい君のこと……待って、今の無し」
「え? なんでなしなんですか。俺と一緒にいるの楽しいって」
「楽しいよ。楽しいの。はい、この話はここで終了!」
スススと日傘から抜け出そうとすれば、絶対に俺の身体が陰から出ないように追いかけてくる。かに歩きで距離を詰めてくるものだから笑って逃げることもままならない。
一度スイッチが入ると八重樫くんはとことん詰め寄ってくる。いつもその距離感で来られたら身が持たないが、たまになら……いや、それでも身が持たない。
「今回も思い出いっぱい作りに来ましたから。覚悟しておいてください」
「八重樫くんは俺をどうしたいのかな?」
バドミントンの思い出だよね。
八重樫くんの方を見れば彼はきょとんと目を丸くしていた。それから、ゆっくり首を二十五度くらい傾ける。同時に日傘も同じ角度に傾いた。
照り付ける太陽が砂浜に反射して眩しい。ただ、陰になった彼の顔は暗いまま、でも顔ははっきりと見える。
「どうしたい? どうしたいんでしょうね。今のままでも十分幸せなんですけど」
「そ……っか」
返ってきた答えに拍子抜けする。恋人になりたい――そんな答えが返ってくるとは思っていなかったけど、それに近い何かを八重樫くんなら言ってくるんじゃないかと思っていた。
じゃあ、今のままの距離で、関係で……
そう思っていれば「八重樫くーん!」と一年生の女子が彼を呼ぶ。彼女たちは、浜辺に似合う可愛らしい私服姿だった。ただ、その目の色は八重樫くんを狙っている。
「呼ばれてるよ」
「先輩がいるのに行くわけじゃないじゃないですか。もっと、日陰に入ってきてください」
「う、うん」
彼の手が腰に伸び、グッと引き寄せる。たまに強引なところがあるから、勘違いしそうになる。
(……俺も、八重樫くんにどうしてほしいんだろ。どうなりたいんだろ)
今はまだ受け取るだけだ。なのに、それ以上望もうとしている自分がいる。何だかそんな自分が卑怯に思えてきて仕方がない。
あの雨の日よりも大きな日傘に二人。八重樫くんの肩にはサンサンと太陽が降り注いでいた。
◇◇◇
集中、集中!
そう言い聞かせ、飛んできたクリアをチャンスとスマッシュを叩き込む。
スパンッ!! 気持ちのいい音が体育館の壁にぶつかって響き、一点が入る。
「ほんと容赦ねえー!!」
「まひる絶好調だな」
流れる汗を袖で拭って、ラケットの柄の部分を握る。八重樫くんに巻き直してもらったグリップはいつもより握りやすく感じた。
バドミントンに集中したいのに、頭の半分以上八重樫くんが占めている。
はじめは、ただバドミントンに打ち込む後輩が入ってきて嬉しかっただけだったのに、いつしか俺の方が彼を目で追っていた。今も俺とダブルスを組み、きわどいショットを打つ彼はめきめきと成長している。この夏でさらなる進化を遂げそうで、すぐに追い越されるんじゃないかと不安もあった。運動のセンスが抜群にいい。
それ抜きにしても、俺は彼のことが気になって気がそぞろになっていた。今のショットだって少し力み過ぎた気がする。身体への負担、疲労が蓄積されている。
「まひる先輩、今のショットかっこよかったです」
「……っ、ありがとう」
(いちいちキラキラした笑顔向けてくるんだもん。こんなのときめくに決まってる!!)
女子たちがキャーキャー言うのも今なら分かる。
最近は、彼のラケット一本にしろ目が行くようになっていた。俺と同じラケットだ。
邪念を払わなきゃ、バドミントンに集中しなきゃ。ラケットを握る手に力が入る。
その後も激闘の末、五点差で俺たちが勝利した。
「お疲れ様です。これ、塩分ゼリーです。よかったら」
「八重樫くんは俺をどうしたいの?」
「どうしたいのとは?」
「何でもない。ゼリーありがたくいただくよ」
ペンギンの絵が印刷されたゼリーを受け取って、チュウチュウと吸う。美味しいものではなかったが、ほんのりと果物の味がした。
三年生の先輩はこの間の試合で負けてしまったため引退。ここから後期に入るにあたってバドミントン部は新しい体制に入る。やることは変わらないが、俺たちもいよいよ引退に向けて走り出していく。とはいえ、まずは新人戦だろう。八重樫くんは一年生唯一の男子だから、シングルで出るしかない。でも、彼ならきっといい成績を納められる。
女子たちも、先輩が抜けたことで以前よりのびのびバドミントンに打ち込めているようだ。
そんな試合を見ていると、体育館のステージ側で女子たちの騒ぐ声が聞こえてきた。うちわや小物、淡い色のリボンでラッピングされた袋などを持ち寄って、とある女子部員に渡している。
「未空誕生日おめでとう。何歳になったの~?」
「十六。みんなもすぐに十六になるって」
「えーやだ~」
キャッキャと楽しそうな声と雰囲気がこっちまで伝わってくる。プレゼント交換の後は写真撮影をするのか、ステージに集まって角度を調整している。
プレゼントを受け取っていたのは緒方未空さん。一年の女子の中で中学からバドミントンを続けている子で、女子の中では一番強い。一年の輪の中心にいるし、噂ではSNSのフォロワーも多い、プチインフルエンサーなのだとか。ラケットも夕也に負けず劣らずいいものを使っている。長い髪は試合中はポニーテールにしているが、部活終わりは前髪までしっかり固めたストレートヘアに戻っている。
「一年生何やってんだろーな」
「緒方さんが誕生日らしくて、プレゼント交換と撮影会やってるんじゃない? ……私物持ち込み多いのはどうかと思うけど、まあ、誕生日って年に一回しかない特別な日だから」
「映える写真でも撮ってんのかなあ。俺も映える写真の撮り方教えてもらいたいわ」
「なら、夕也いって来いよ」
「やだね。緒方さんだっけ? 誕生日なのに『先輩プレゼントないんですか~?』ってせがまれたら嫌だし」
「確かに、言われそー」
夕也の空になったゼリーのゴミを回収しながら、二人と駄弁る。八重樫くんは俺の隣でちまちまとゼリーを食べていた。肩が当たるすれすれの距離にいるから、俺は身動きができない。
体育館に似つかわしくないシャッター音が響く中、ふと緒方さんの高い声が聞こえてくる。
「誕生日だからってのと、合宿だし、思い切っていってみようかなって思ってるの」
「えー前から言ってたやつ? ハードル高くない? あーでも、ワンチャン未空ならいけるかも」
「応援してくれるよね。無理だったら慰めてー」
「最初から敗北宣言って、自信もちなよ~」
少し大きな笑い声に交じってそんな会話が聞こえてきた。主語がないためいったい何の話をしているかわからなかったが、緒方さんがこちらをちらりと見たのが分かった。思わず視線をそらしてしまったが、俺を見ているんじゃなくて八重樫くんを見ているような気がした。
もしかして、そういうことなのかもしれない。妙に冴えた頭が答えを導き出す中、八重樫くんに名前を呼ばれる。
「どうかした?」
「名前呼んだだけです。呼びたかったので」
「そ、そう……?」
「嘘です。三人で話してばっかりだったので、俺も混ぜて……俺のことかまって欲しいなって。拗ねてました」
「や、八重樫くん、そういうところ!」
やっぱり変だ。
三者懇談以降、さらに素直さが加速している。口数が多いわけじゃないから、毎回の言葉が胸にクリーンヒットしてしまうのだ。
塩分チャージしたばっかりなのに汗が噴き出してくる。手に持っていたゴミをギュッと握ると、まだ残っていたゼリーの汁がぴゅっと飛び出した。
◇◇◇
海鮮が中心のビュッフェに舌鼓を打ち、天然温泉破棄しきり状態で大満足だった。
夕也は風呂上りに小さな卓球場を見つけ、昴を引きずって行ってしまったため、俺と八重樫くん二人で部屋に戻ることになった。
「板倉先輩ってバドミントン部ですよね?」
「そーだね……夕也だから許して」
「別にいいですけど……土屋先輩も振り回されて大変そうですよね」
「そうかな? 昴も冷めてるように見えるけど、結構楽しんでると思うよ。この合宿も無理言って塾を休んできてるくらいだし。バドが好きなんだよ」
昴に塾の話をちょくちょく聞くが、高校の勉強は二の次、塾の課題を終わらせるのが優先! らしく、睡眠時間を削ってカツカツなスケジュールでやっているらしい。それでも、成績が上がったときは達成感を感じるし、嫌なことだらけじゃないとも言っていた。ただ、昴は中学からバドミントンを続けてきたこともあって、週に一回、多くても二回しか来れない現状には満足していないようだ。
塾と部活の両立はやっぱり難しい。母には塾を急かされているが、今はそんな気にも慣れない。俺たちも先輩たちのように初戦敗退して、すぐに受験モードに切り替えなきゃいけないかもしれないけど、粘りたいし、勝ち進みたいと思っている。でも、母にはきっとそんなこと関係ないんだろう。
一日目が終わり、二日目のスケジュールを頭に浮かべながら彼と並んで歩く。反対側から人が来たときは一列になるが、八重樫くんに背後に立たれると落ち着かない。いや、隣でもそれは変わらなかった。
二人きりという状況に、心臓が早鐘を打っている。廊下は静かだし、聴こえちゃうんじゃないかとびくびくしている。
「八重樫くんは帰ってからいつも通り日記を書くんだよね」
「日課ですから。今日もたくさん書くことありそうです」
「毎日充実してるってことだよ。いいことだと思う」
優等生が言いそうな言葉を口にしながら、尻ポケットに入れていたスマホを触る。
これまでなら普通にできていた会話もたどたどしい。俺の方が話題を見つけるのに必死になっている。
二人でいるのにスマホを触るなんて感じが悪いと思われそうだ。ポケットに入れているスマホをグーパーグーパーと握りながら、道中会話を考える。部屋についてもっと気まずくなったら嫌だ。
(八重樫くんは、この何も会話のない二人きりの空気、どう思ってるんだろう)
気まずいと思っているのは俺だけ?
「八重樫くん!」
もう少しで部屋に到着というときに、前からやってきた緒方さんに呼び止められる。彼女の後ろには数人の女子がいて、彼女よりもそわそわして俺を見ていた。
緒方さんは、俺の方を見ると覚悟を決めたように口を開く。
「先輩、ちょっと八重樫くん借りていいですか」
「借りるって……」
八重樫くんを独占しているわけでもないのに。でも、いつも一緒にいるからそう思われているのかもしれない。
俺は、なんとなく八重樫くんの方を見たが、彼はさっきよりもツンとした表情で彼女たちを見ていた。俺は彼じゃないし、彼が良いっていうならとしか言えない。しかし、昼間の会話を思い出し、そういうことなんだろうなと察してしまった俺は八重樫くんの背中をポンと叩いてしまった。
「まひる先輩?」
「俺、部屋に戻ってるから。鍵開けとくからいつでも帰ってきて」
引き留める理由も無かった。後輩たちの問題だし、変に察していると思われてもヘイトを買うだけだ。俺のせいで部活の空気が悪くなるのも嫌だった。
八重樫くんを残していくのも気がひけたが、彼女たちは一歩も譲る気がないという表情を向けていたし、どのみち引き下がらなかったと思う。
八重樫くんに一瞬服を引っ張られた気がしたが、俺は彼女たちの隙間を縫って部屋に向かった。後ろの方で「ちょっと場所移動したいんだけど」と緒方さんの声が聞こえる。
これでよかったのか分からない。けど、どうすればよかったのかも分からない。
なのに、胸がすごく痛い。
(告白ってことだよな。絶対、そう)
緒方さんはきれいな女の子だ。八重樫くんは迷惑そうにしていたけど、もしかしてってこともあるかもしれない。そう考えるだけで、胸がチクチクしてきた。
がむしゃらに走ったあと、急に足が重たくなって一歩、二歩と進まなくなった。
八重樫くんは女子たちに迷惑していた。けど、誰かを好きって気持ちを邪魔するのもいけない。あそこで俺が出しゃばっても何もいいことなんてなかった……と思うのに。
身体が来た道へ向く。
そうはいっても気になる。八重樫くんのこと、告白のこと。
俺は、来た道を引き返すべく歩き出す。すると「まひるじゃん」と反対側から夕也と昴の姿が見えた。風呂に入ったばっかりだったが、全力で卓球をしたのか汗をかいている。
「何してんの。あれ? 八重樫は?」
「八重樫くんは……ああ! そっち行っちゃダメ」
「何でだよ」
「な、なんでも。今、掃除してたから」
二人は首をかしげる。夕也たちは、昼間の会話を聞いていなかったからわからないんだろう。
「とにかくダメ」
二人から背後の道を隠すように両手を広げる。
気になっているのは自分なのに、肝心な時に動けない。傷つくのが怖いから、逃げている……そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
(八重樫くん、俺ってこんな人間なのに……俺のこと尊敬とか、好きだって思ってくれてるの?)
今の俺は先輩としても、一人の人間としてもダメだと思う。自己肯定感も下がり、胸が痛い。もやもやとした気持ちは誰にも話すことができず、溜まっていく一方だった。
明らかに、一年女子と八重樫くんとの間に距離がある。
「キレがないぞ―まひる」
ポーンと飛んできたクリアを打ち返すのに失敗し、夕也に点数が入る。いつもならしないミスに、相手が不思議がるほどだ。
昨日部屋に戻ってきた八重樫くんはあの後なにがあったか説明してくれなかった。彼は、こちらから求めなければ返答しないタイプなのを知っていたので予想はしていたことだが、どうなったのか気になってしまった。しかし、今朝の様子を見ると緒方さんの告白は失敗したんだろうなというのが分かる。一年の女子全体の空気が重い。
ステージの下で昴としゃべっている八重樫くんはいつもと変わらない様子だった。
(よかった……って思った俺は、性格悪いかな)
もし告白が成功していたら八重樫くんは誰かのものになってしまっていた。俺が彼を拘束しているわけじゃないけれど、離れていくことや、特別という枠から彼が外れてしまうことを俺は酷く恐れているのだと知った。
母が俺が離れていくことを引き留めようとしていたり、自分の手中に収め監視したりしたいのはそういう感情なんじゃないかと思ったら頭が痛くなってくる。
俺は過干渉気味な親にうんざりしていたが、俺こそ八重樫くんを無意識に束縛しようとしていたんじゃないかと。俺は八重樫くんの何物でもないのに。
すごく大人げない。けど、俺の中にこんな感情があったことに驚いている。
「どうした。また、ミスしてる」
「ごめん。体調悪いかも」
「あーそーう?」
こちらのコートまで来て、俺の様子を窺う。間延びするような声を発した夕也は、ブンブンとラケットを振っていた。そのラケットが俺の白いラケットにカンッ! と音を立ててぶつかった。その瞬間、ラケットの縁から全体に強い衝撃が加わって縁を中心としたラケットの大部分が曲がってしまった。いとも簡単に変な方向に曲がってしまい、ぶつかったところはメッキがこれでもかというくらい剥げている。
「あ、やっべっ」
「まひる先輩、大丈夫ですか」
夕也を押しのけるようにやってきた八重樫くんが俺のラケットを見る。
もともと長い付き合いのラケットだからいつか壊れると思っていたが、これだけの衝撃で壊れるなんて思いもしなかった。
「ごめ、まひ……まひるぅ」
「板倉先輩もっと真剣に謝ってください。まひる先輩の大切なラケットなんですよ」
「八重樫くん、大丈夫。夕也も折ってやろうって思ったわけじゃないだろうし……そっか、壊れるんだ」
今程度の衝撃で。
大切に使っていた者だったからこそ、あまりのあっけなさに言葉も出ない。しかし、元はといえば俺が試合に集中できなかったから夕也がこっちのコートに来たのだ。俺の集中力のせい。曲がってしまったラケットをどうしようかと思っていれば、ひんひん泣いていた夕也がラケットの入ったもう一本の袋を持ってくる。
「予備に持ってきたんだけど、まひる合宿中これ使ってくれよ。折ってもいい!」
「折ってもいいって……練習できないのは困るから貸してくれるのはありがたいけどさ」
今の俺は上手い返し方が何一つできなかった。
曲がってしまったラケットを見て、呆然と立っていることしかできない。試合も中断するしかなくなり、次のペアと交代する。
「まひる先輩……」
夕也は、昴に呼び出され体育館を出て行った。残った八重樫くんだけが隣にいてくれている。
「心配かけちゃったよね。いやぁ、五年間やってきてラケット折れるのはこれが初めてかも。こんなふうに曲がるんだ」
「大切なものでしたよね。その、なんて言ったらいいか」
「……消耗品だから、どれだけ大切に使っていても終わりはあるものだよ。それが今日だっただけ。それに、俺も集中できてなかったから」
俺だけのせいじゃないけど、俺のせい。
俺がそう繰り返すと、八重樫くんは開いていた口を優しく噛んだ。そうして、俺の手にそっとその大きな手を重ねた。少し冷たくてひんやりする。
「先輩が気にしてるのって、昨日のことですよね」
「分かるの? やだな、俺、そんなに顔に出てた?」
「……先輩にはバドに集中してほしいんですけど、俺も言いたいことはいっぱいあって。まひる先輩、今日の夜ちょっといいですか」
真剣なまなざしが俺を射抜く。
意識を逸らそうと思ったが、彼の鋭い眼光を受けてはそれもままならない。
何を言われるんだろう。ここでその詳細を聞くことも出来ず、うん、と頷くことしかできない。流されている自覚はあったが、ラケットが折れてしまった衝撃もあって頭が真っ白になっていた。
「昨日のうちにちゃんと言えばよかったですね。でも、言えなくて」
「俺のこと、いつも気にしてくれてるもんね。大丈夫……俺も、傷つくときは傷つくけどさ、そんな弱くないと思うよ。弱いって見えてるなら、そうなのかもしれないけど」
自分のことはわからない。客観的に上手く見えないのだ。
それでも、八重樫くんがそんな俺でも受け入れるといった目を向けてくれるから、心が緩んでしまう。弱い部分が出てきてしまう。
「じゃあ、夜まってるね」
彼と同じ折れてしまった白いラケットを握り、改めて彼の言葉に返事を返すことができた。
夜の海は、昼間とはまた違う色をしていた。
いつも住んでいるところよりも街灯が少ないおかげで、空に浮かぶ星が多く見える。
八重樫くんに指定されたのは部屋ではなく浜辺だった。消灯時間までは時間があるため、散歩くらいはできるだろう。
「すみません、待たせてしまって」
「俺も今来たところだから」
デート前みたいに、髪の毛が跳ねていないか気になってしまう。先ほど温泉に入ったばかりで、ドライヤーで乾かしたが右側のほうがみょんと跳ねているような感覚がする。
八重樫くんは黒いTシャツに、白い半ズボンをはいていた。その足元は軽そうな黒いサンダルだ。
「改めてまひる先輩を向き合うと緊張しますね」
「そんなふうには見えないけど……でも、八重樫くんがそういうならそうなんだろうね」
暗くて顔がよく見えない。海の遠い場所で船の明かりがチラチラと見えては消えていく。吹き付ける潮風は、独特な匂いを含んでいた。
八重樫くんは頬を数回掻いたあと、おもむろにズボンのポケットに手を入れ一枚の封筒を取り出した。見覚えのないものだったが、それがラブレターなんじゃないかと気づくまでには時間はかからなかった。
「先輩にずっと渡したかったんです。いや、直接話せばいいんですけど、上手く伝えられないかもしれなくて。俺、昨日告白されました。でも、ちゃんと断りました。好きな人がいるのでって」
「う、うん」
「先輩、もう気づいてくれていますか?」
直球な言葉が飛んでくる。
ロマンチックとか、情緒に欠けるとか、夕也だったらいいそうだけど、俺は遠回しに言われるよりも直接的に言われたほうが嬉しい。
俺は彼から封筒を受け取り両手をそっと添えた。
昨日の女子が知ったらどう思うだろうか。ふと頭にそんなことがよぎったが、それがすぐに吹き飛んでしまうくらい頭の中は八重樫くん一色に染まっていく。かつてないほど高速で打つ心臓は今にも飛び出しそうだ。
「俺のこと、好き、なんだよね。自信ないけど。ラブレター……入学してすぐに部活で拾った。あれ、わざとだったの?」
「いや、あれは偶然でしたよ。さすがに、そんな漫画みたいなことできませんよ。誰が拾うかも分からないのに、自分の運に任せるなんてことしません。まさか、先輩に拾われたなんて思ってもいませんでしたけど」
「じゃあ、本当に偶然だったんだ」
さすがに俺の考えすぎだったか。八重樫くんは苦笑しながら、俺を見る。慈しむようなその瞳はきれいなオニキス色だ。
告白されるのかな? そう流されるまま身構えているけど、違ったらどうしよう。期待している反面、昨日のことや、自分に自信が持てなくて卑屈になってしまう俺のどこがいいんだろうかと分からなくなる。八重樫くんは俺の気づいていない俺のいいところを言ってくれるけど、嫌いな自分が消えてくれるわけじゃない。
「中学生の時、それこそ先輩が俺の自転車の鍵を拾ってくれたのは偶然だったと思います。そこから、先輩のことが気になって。高校で再会できたのも運命で、そこからバドに入るって決めたのは先輩がいたからです。ずっと追いかけて……近くにいればいるほど、気になって。気になる優しい先輩から、尊敬できる好きな人に変わっていきました」
一目惚れではなく、人柄を知って――そう、八重樫くんは付け加える。
一目惚れの響きはロマンチックだ。それこそそんな漫画みたいな話あるのかって思ってしまう。
(俺の覚えてないこと。でも、八重樫くんにとっては大切な思い出)
ずっと覚えて、俺を近くで観察して、好きになっていってくれて。愛溢れる言葉を聞いて、胸がいっぱいになる。見られていたのは恥ずかしいけど、悪い気はしない。
ストレートで、重量を孕んだ一言、一言に胸がときめく。握っていたラブレターは緊張と喜びで少しくしゃっとなってしまった。
「そのラブレターに全部書いてあるんですけど、言わせてください。まひる先輩のことが好きです。俺と付き合ってください」
ド直球な言葉が投げ込まれる。静かな波の音が響く中、低い彼の声がいつものように耳をくすぐった。
まっすぐと俺だけを見て、少しだけ瞳は震えていて。八重樫くんでも緊張や、不安を覚えることはあるんだと安心する。
俺もこの数か月彼と一緒にいて、彼のことをよく見てきた。気づけば、隣にいるのが当たり前になっていたし、特別になっていた。今の言葉が胸にじぃんと来た。言葉で伝えるのが下手だった彼が、その口で、自分の言葉で伝えてくれた。
俺も、八重樫くんのこと――
「ありがとう。俺も……でも、ごめん」
「まひる先輩」
「……まだ、自信が持てなくって。愛されている、自覚、とか。最低なのはわかってるんだけど。八重樫くんが思うほど俺いい男じゃないから。尊敬できる先輩でもないかもしれない」
本当はこんなことが言いたいんじゃない。素直に嬉しいし、受け止めたいと思ってる。ちょっと重い彼のことを俺だって気になっている。
でも、昨日のことがフラッシュバックする。俺も初めての感情で、これが恋なのかも分からない。今のまま嬉しいってだけで彼の気持ちを受け取るのはなんだか不誠実な気がする。
「恋人になってから、やっぱり違ったかもって思うかも」
これからもっとずっと一緒にいるとして、俺のことをさらに知って嫌いになったら……?
期待からの失望。
怖い。顔色をどうしても窺ってしまう。傷つかないで済む方法を探そうとしてしまう。
俺の悪い癖。
ラブレターをつき返すことはできなかったし、突っぱねることも出来ないどっちつかず。最近ずっと八重樫くんにかっこ悪い姿を見せている。
「――なら、先輩、お試し期間作りませんか」
彼の手がスッと俺を包む。八重樫くんはいつも、俺を安心させるとき、何かを伝えたいとき決まって俺の手に触れてくる。これは彼の癖なのだろう。
顔を上げれば、ちょっと傷付いたけど、諦める気がなさそうな彼と目が合った。
「お試し期間?」
「俺と、恋人お試し期間です。俺も、先輩からしてかっこ悪いところあるかもしれません。でも、それって恋人にならないと分からないことかもしれないじゃないですか。だから……俺、諦め悪いので、こっちだって変な条件提示してるのはわかってます。けど、諦められないので、お試しの恋人期間……ダメですか」
必死になって言う彼の頬は赤く、不安そうな太い眉が垂れ下がっていた。



