- 智《ち》に働けば角が立つ。情に(さお)させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
自分のことを話したがらない寡黙な男だ。
その男がその本を読みながら、何を考えているかだなんて全く想像がつかなかった。

とても寒かったので、僕は、男のために郷里から送られて来たうどんを茹でた。
男はとても嬉しそうに微笑んで、汁まで残さず食べた。
そして、
僕を見て、また、微笑んだ。とても幸せそうに。
微笑むと目が全くなくなるその笑顔は、僕の心を温かく満たした。

- 愛してる。
男が、そう言った。
- 愛してる。

瞬間、
心が急に荒波に飲まれたようで、
でも、嬉しさで涙がこぼれた。
その夜、男は初めて僕を抱いた。

夜通し降り続いた雨が、朝には上がっていた。

隣に寝ていた男はいなくなっていた。
僕が慌てて外に飛び出したら。
東京の窮屈な空が夜明けの紫色に光っていた。

薄い色の瞳をした男は、その日、姿を消した。
痛烈な痛みを残して。