翌日。
学校に向かう。が、今日は俊太の姿はなかった。
いつもはうざい後輩だけど、いないとなると不思議なことに寂しくなる。
オレはスクールカバンを肩に下げながら学校に向かう。
と、近くに俊太の気配を感じた。
いるのか、と思いオレは俊太を見る。
四人も女子を付けている。モテるんだよなあ。
俊太の小動物感のある顔が、女性にはハマるのだろうか。
オレは俊太を横目に学校に向かう。
「なんで先輩俺に声かけてくれなかったんすか」
一時間目の休み時間にいきなり押しかけて来る俊太。
朝にオレが話しかけなかったことがそこまで気に障ったのだろうか。
いつもは、そっちから来るというのに。
「女子に囲まれてるのに、なぜ話しかけられると思うんだ」
「ええー、俺にとっては女子よりも先輩の方が好きっすよ」
「それ、声を大にしていいのか?」
「ええ、俺は先輩一筋っすから」
よくわからねえ。
「普通の男子なら、女子を選ぶんだけどな」
「ええー、ならオレは普通じゃなくていいっす」
「恋愛しなくて大丈夫なのか」
「はいっす」
恐らくは多くの高校生男子から殴られるであろう、その発言。
だけど、なんとなくうれしい、とも感じてしまう。
女子よりもオレを大事だと思っているのだ。
男相手なのに、不思議なものだ。
「オレには不特定多数の女子よりも、先輩の方が好きっす」
「不特定多数って失礼だろ」
「えー、本当にそう思ってんのに」
唇を尖らせる俊太。
「そうだ、先輩。オレの家に来てくださいよ」
「お前の家?」
昨日はオレの家に来たはずだ。それが今度は俊太の家。
なんか妙だな、と思ってしまう。オレたちの関係は本当にこれでいいのだろうか。
「明日でもいいっすけど、先輩が誤解されているようだから、来て欲しいんすよ」
誤解。
「何の誤解?」
「それすら分からないなら、俺の家に行くべきっす」
そう言って俊太はオレの手を引っ張る。
訳が分からない。
「面倒くせえ」
なんでオレが行かなきゃならないんだ。
「お願いっす、一生のお願いっす」
その瞬間、オレは理解してしまった。
これは、オレが引き下がらない限り、永遠に続く。
もめている方が面倒だと。
いつもこうだ。俊太のペースに巻き込まれてしまう。
「先輩行きましょうよ」
「っち、分かったよ」
俺は、息を吐く。
「行けばいいんだろ」
「流石先輩っす」
俊太が拍手をする。
「これきりだからな」
「勿論っす。それに一度だけでいいっすから」
「一度だけでいい?」
その言葉に、オレは首をかしげる。すると、俊太は「楽しみに待っててください」と笑っていった。
そしてオレはそのまま置いていかれた。
何も分からない。いったいどうなってんだ?
「なあ、どういうことなのか、知らないか?」
オレはそばにいた仁志に訊く。
「俺にはどういう事かなんとなくわかるけど」
「はあ、どういう事だ?」
「いつか分かるさ」
「オレは今知りたいんだよ」
そう言うも、仁志はふふと笑って何も答えちゃくれない。
本当に訳が分からない。
仁志には分かるという事なのだろうか。
結局その日おれはモヤモヤを抱えながら一日を過ごした。
「それで、お前の家には何があるんだ?」
俺はそう訊く。
「今からのお楽しみっす」
その言葉が、オレを動揺させる、
結局なぜあんなことになったのか、分からないままオレは翔太の後ろをついていく。
「先輩、はぐれない様に手をつなぎましょう」
「は?」
「だって、先輩俺の家に来るの久しぶりじゃないすか。はぐれたら困るでしょ。はい」
何を言っているんだこいつは。
「高校生にもなって、オレがはぐれるわけないだろ」
冗談も休み休み言え。
「いいじゃないすか」
そう言って俊太はオレの手を掴んでくる。
「恥ずかしいからやめろ」
「いいじゃないすか」
手の力が強い。
意地でも離さない、という気概を感じる。
なぜ、こんな辱めを受けなければならないんだ。
しかも、これが異性なら同姓なんてきつすぎる。
オレは安くなんてねえのに。
「着きましたよ」
俊太がそう言った瞬間、オレはほっとした。
ようやくこのよく分からない、手繋ぎから解放されるのかと。
「しかし、久しぶりだな」
「そうっすね。最近は、来てないっすよね」
そして、俊太は上へと上がっていく。
「俺の話を聞いてほしいんですよ。今日は」
「真剣な顔をしてどうした?」
「まあ、行けば分かりますって」
そう言って笑うと同時に、軽薄そうな顔がどこへやら。
いつの間にか明るくなっている。
そこにあった景色にオレは驚いた。オレのバスケ中の写真や私服の写真。
というよりも、盗撮の写真ばかりだ。
「あーあ、のこのことここにやってきましたね」
俊太はにやにやしている。
情報量が多すぎる。まず、整理させて欲しい。それが今のオレの率直な気持ちだ。
「先輩、俺はずっと先輩の事好きでしたよ」
「それは、どういう意味だ」
普通なら、友達として好き、と言ってくれるだろう。
オレたちは同姓だし、そもそもここから始まる物語なんてないはずだ。
「ねえ、先輩。先輩が悪いんですよ。かっこいいんですから」
「ちょっ、説明してくれ」
「分かってる。分かってますって」
「本当に分かってるんだろうな」
「分かってますって」
そう言って俊太は手を上げる。
そして、勢いよく、オレをベッドに押し倒してくる。
「何してんだよ」
「俺、ずっと先輩が好きなんです」
「っはあ?」
「男同士なのに、おかしいでしょ。だから軽薄な後輩を装っていました。でも、耐えられないんすよ。先輩と話す、だけじゃ満足しなくなったんすよ」
「お前はまさか」
「先輩の事が、恋愛的な意味で好きです」
まさかの告白だ。
女性から、だったら何と良かっただろうか。
なのに、まさかの男から。
くそ、こいつ、力が強い。
対等に話をさせて欲しい。
「嫌いになるぞ」
オレは静かな声で言った。
「え?」
「それ以上、オレを好き勝手したら、嫌いになるぞ」
「それは困ります」
「そもそも、説明が足りないんだよ。ここ最近の強引のアプローチがそうだとは思わなかったんだから」
その言葉にスンと、俊太は静かになる。
「だって、こんな気持ちどうしたらいいんですか。素直に言う訳にもいかないじゃないすか」
確かに素直に言っていたら、嫌がってたかもしれない。だけど、オレだって、全部を否定したいわけではない。
話し合いをすれば、ちゃんとオレも俊太の意思を受け入れるかもしれない。
それよりも、今強引に迫られている方が困る。
「なあ、俊太。お前はオレを頑固な人間だと思っているんだと思う。だけど、それは大違いだよ」
「大違いっすか?」
「ああ、今までの強引なアプローチも、訳を知ったら納得したかもしれないだろ。それにオレは実際にお前をうざいと思っていた」
「なら、意味ないじゃないすか」
「大ありだ」
オレは俊太のおでこにデコビンをした。
「それがオレの事が好きだから、とわかっていたら、うざいとは思っていなかったかもしれないだろ」
俊太は、ぽんと手を叩く。
「なら、もっと早く言っておけばよかったわけですね」
「まあ、そうだけど」
でも、と。オレは俊太を見る。
「今日は色々と脳が混乱している。だから、少し考えさせてくれ」
「分かってるっす。むしろ、俺が色々と」
そう言って俊太は押し黙る。
オレが俊太の口をふさいだのだ。
そして、
「必ず答えは出すから」
オレはそう言って、家を出た。
その後何を考えていたのか、全く分からない。
だけど、碌な事は考えられてないだろうな。そう感じた。
思考をまとめるので精いっぱいなんだから。
家に着くと、兎に角安心した。
これで、休めるんだと。
休める。休みたかった。とにかく休みたかったのだ。
俊太とのラインを見る。まだ何もやり取りがない。
このやり取りというのは、もちろんの事今日のあの出来事からだ。
今日の出来事は夢だったんじゃないかとさえ思う。
オレにずっと付きまとっていた後輩が実は、オレの事を好きだなんて。
しかも同姓。
寝て覚めたら、今日の出来事はすべてなくなってしまっている。
いや、そのはずなんだ。
ああ、くそ。頭がいてえ。
色々考えすぎだ。
とりあえず横になりてえ。
オレはそのまま目を閉じた。
その中で、ふと目が覚めると、オレはゆめのなかにいた。
なぜ夢の中にいたのが分かったのか。それは分からない、
だけど、恐らくこれは明晰夢というやつだ。
オレの隣には俊太が寝ていた。
服はない。上裸の姿だ。
馬鹿なのか、オレは。
なぜオレは、俊太と一緒に寝ている夢を見たんだ。
確か。オレの記憶では俊太はいつもオレと一緒にいて。
だめだ。記憶が混濁してきた。
これが正夢になった方がいいのだろうか。
いや、それともならない方がいいのか。
オレは次の瞬間目を覚ました。汗びっしょりの状態で。
「夢か」
オレは天井に手を向けて、そして静かにおろした。
そして頭に手をやる。
「明日から、どういう顔で俊太を見たらいいんだよ」
それが、俺の目下の悩みだ。
そして、ベッドの下に落ちていたスマホを手に取る。寝相で叩き落してしまったのだろう。
それを見ると、もう時間は七時。そして親から、ご飯食べるの?というラインが来ている。
忘れてた。それと同時にお腹の音が鳴る。
行かなきゃな、そうオレは思い、リビングへと向かう。
「遅かったわねえ」
そう母さんが言う。
「返事ないから、直接叩き落そうかと思っちゃったわ」
「すまん。色々立て込んでいて」
本当に色々と立て込んでいるという事が恐ろしい事だ。
今のオレには色々と考えなければならないことがある。
「そう、あんたも色々大変だもんね」
「まあな」
多分母さんはバスケの事を言っているのだろう。
オレが俊太との付き合い方を迷っている。だなんて、思ってもないのだろう。
オレは息を吸う。
「まあ、ご飯食べるよ」
「ええ」
そしてお母さんが運んできた料理を食べる。
ハンバーグだ。
一口食べてわかる美味しさ。オレが美味しい、と言うと母さんは喜んでくれた。


