私の夫は崖の下

「ぎゅうせ゛いじゅざま゛!!!」
 私は、げほげほと咳き込んだ。涙と鼻水が、崖の下にぼとぼとと落ちた。

「大丈夫ですか!? 今、助けますから!!」
 彼は死体? に巻き付けられているロープを外すと、先端をこちらに投げて寄越した。

「しっかり捕まっててください! 今、引っ張り上げますから!!」
 疲労なんて関係ない、冷たくなって痛む指先なんて知らない。私は思いっきりロープに捕まった。そして、少しづつ体が上に持ち上げられていく。






 崖の上に到着すると、先ほどまで私が引っかかっていた木の枝は、とてもか細く見えた。きっと、昔助けてやった野良猫か何かが、私の命を助けてくれたのだろう。

「ありがとう、ございました」
 私は目の前の男に、深々と頭を下げた。

「いやいや。俺は、死体を捨てに来ただけですから」
 そう言って笑う彼は、ビニールシートをはがした。そこにあったのは、

「あの、貴女の知り合いですか? お子さんとか……?」
「いいえ。知らない子です」
 車にはねられたような、息子の死体だった。




「そうですか。よかったです、貴女を殺さないですんで」
 男は微笑むと、崖の下に息子の死体を転がし落とした。

「今日のことは、他言無用でお願いします」