私の夫は崖の下

「何……で? 何で、こんなこと……するんだよ。お前は、俺のこと……愛してるんじゃなかったのかよ……?」

 涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになった夫を見おろす。

「うん、愛してるわ」
 ああ私は今、夫が私を見下すときの顔をしている。どろりと濁った漆黒の瞳。

「じゃあ……なんで……なんでだよぉ……」
「この世には、無償の愛なんてものは存在しないのよ」

 白い息を、吐きだす。そして、私は



「ねぇ、貴方。冬虫夏草って知ってる?」
「は?」
「茸に寄生する寄生虫のこと。それが、貴方なの。そして、茸は私」
「今その話がどう関係あるんだよ!!!?」
「黙って聞けやハゲカス!!!」



「私は貴方といると、永遠に尽くしてしまう。何も見返りなんてないのに。そして、貴方が死んだら、きっと生きる意味を失ったスカスカのババアが残るだけ。だから、私は貴方から解放されることにしたの。自分の意思で」

 踵を返し、元来た山道を帰っていく。

「おい!! 待てよ!! 助けてくれ!! 助けてくれぇえええ~~~!!!!」

 いつの間にか、風が強くなっていた。この調子だと、夜は吹雪かもね。よかったじゃない、貴方。すぐに死ねるわ。


「さようなら、愛しい人」