私の夫は崖の下

 山を登っていると、雪がパラパラと降ってきた。

「寒。お前、天気予報見てなかっただろ」
「ごめんね。でも、ロマンチックじゃない」

 夫は、軽く舌打ちをする。私は懐から上着を取り出し、彼に着せてやった。

「もう少しなの。この先にとても景色の綺麗なところがあるの」
「どのくらい歩く?」
「えっと……あとニ・三分くらい? もうすぐ見えるはずなんだけど、あった!」





 そこは、崖だった。ここから底までの距離は五十メートルほどで、降った雪が所々凍っていた。

「なんだよ、ただの崖じゃねーか」
 夫が私の足を蹴った。

「痛っ。危ないって、下は崖なんだから」
 落胆して帰ろうとする彼に私は、




「この下にね、綺麗な花が咲いているの。真っ赤な。ほら、すっごく綺麗」
 そう言うと、彼はまたこちらへとしぶしぶ戻って来た。



 そういう性格なのだ。この人は。無駄が嫌いで、コスパ重視。これまで頑張って山を登って来たのだから、綺麗な花を見ずに帰ったらもったいない。そう、思ったのだ。だから、


「おい、崖の底は雪で覆われてるだけだぞ。花なんて、ひとつも見えねぇぞ」
 私は彼を、崖に突き落とした。