「ねぇ、山に行かない?」
 いつも旅行に誘うのは大体、私の方だった。夫は今日は機嫌がいいのか、

「うん」
 とすぐ了承してくれた。



「分かった。じゃあ、シニアにも登れそうな、よさげな山を調べておくね。今度の土曜日なんてどうかな?」
「うん」
「やったぁ! 楽しみだね」


 私は夫に後ろから抱きついた。完全に禿げあがった頭から噴き出す濃い加齢臭に、鼻が少し痺れた。それでも、愛しい人。夫は、相変わらず私のことなんて気にせずにスマホをいじっていた。