私の夫は崖の下

 息子が寝静まったあと、私はリビングのソファーに座る夫に後ろから抱きついた。禿げあがった後頭部の酸っぱい加齢臭を鼻いっぱいに吸い込みながら、

「ねぇ、大好き」
「どうしたの急に」

 ふふ。と口元をほころばす。

「急に言ってみたくなっただけだよ」
「そっか」

 夫と一緒になって、野球の中継を見る。野球のルールは全く分からないけれど、彼と一緒なら楽しめる気がした。




「あのね」
 今なら言える。


「何?」
「私、結婚したとき貴方のことがまったく好きじゃなかったの」


 怒られると思った。最悪、離婚になってしまうかも……。でも、私にはその覚悟があった。

 彼と結婚したのは、仕事をやめて専業主婦になりたいという打算からだ。そのことを、告白しなくてはいけないと思ったのだ。



 しばらく、沈黙が流れた。『バッターアウト!』の声が聞こえて、別の人が小走りに出てくる。夫は、怒っているのだろうか。それとも、悲しんでいるのだろうか。後頭部しか見えないから、見えないけれど。

 ごめん、そう言おうとした私に彼は、

「知ってた」