夫はその日結局、来なかった。次の日の昼になって、息子に授乳していると

「あ、遅くなってごめん」
 気まずそうに薄くなった後頭部をポリポリと掻く夫は、いつも使っているシャンプーとは違う匂いがした。



「浮気してたんだろこのハゲカスジジイがぁあああああ!!!!!」
 今までの人生の中で一番大きな声が出て、自分でも吃驚した。

 夫の胸ぐらを掴もうとベッドから勢いよく飛び出すと、床に着地したときに裂けた股に衝撃が走って、

「う゛あ゛ぉ゛おおお゛!!!?」
 そのまま痛みにうずくまった。夫が心配して駆け寄ってくる。

「昨日の夜何してたの? 何で来なかったの? ねぇ、浮気してたでしょ? そうでしょう?」
「ち、違うよ。ほんとうに、仕事が終わらなくて会社に泊まっていったんだよ」
「嘘だッ!!!」

 ボロボロと涙があふれて止まらない。聞いたことはあったけれど、これがマタニティーブルーというやつなのだろうか。

「嘘だ嘘だ嘘だ! だって、今までそんなこと一度もなかった! 絶対浮気してたんだ! 絶対絶対絶対!!」
「違う、信じてくれ!」

 夫が私の両肩を掴んだ。

「離して! 私がどんな思いで分娩台にいたかなんて、アンタには分かんないだろ!!」