昼休みになると、私達は大学内の図書室に向かいました。
 妖怪や幽霊、都市伝説について調べるためです。

 件のストーカーについて、私は超常的な存在である可能性を疑っていました。
 つまりあの男がお辞儀さんということです。
 認めたくないですし、むしろ否定したいのですが、あまりにも不可解な出来事が頻発しており、現実的ではない発想に至っていました。

 特に昨晩の出来事が大きいです。
 七階のベランダまで登れる人間なんて滅多にいません。
 あれはきっとお辞儀さんの仕業なのでしょう。

 図書室を選んだのは、インターネットにはない手がかりを探すのが目的です。
 私と日奈子はそれらしき文献や書籍を漁りましたが、なかなか有益な情報は出てきません。
 結局、三時間ほど粘っても手がかりはゼロでした。

 書籍を棚に戻しながら、日奈子が私に提案します。

「こうなったら除霊先輩に助けてもらう?」

「でも頼りになるかな。インチキっぽいけど」

「まあ一回会ってみるのはいいんじゃない? 除霊してもらえるかもしれないじゃん」

「確かにそうだね」

 図書室を出た私達は聞き込み調査を始めました。
 除霊先輩の居場所を突き止めてすぐさま向かいます。
 そこはオカルト研究部の部室でした。
 私はノックして扉を開けました。

「失礼します」

 室内には、一人の男子生徒がいました。
 俳優やモデルのように端整な容姿で、何かの本を読んでいます。
 入室した私はそっと声をかけました。

「あの、除霊先輩ですか?」

「うおおおあああああああああああっ」

 顔を上げたその人は、私を見た途端に絶叫してひっくり返りました。
 顔面蒼白で床を這って部屋の端まで逃げてしまいました。
 私は心配になって歩み寄ろうとしました。

「えっと、大丈夫ですか」

「く、来るなっ! それ以上は近付かないでくれ!」

 必死に叫ぶその人が、おそらく除霊先輩なのでしょう。
 聞き込み調査で得た容姿の特徴も合致しています。

 部室の入り口に立ったまま、私と日奈子は顔を見合わせました。
 それから私は除霊先輩に尋ねます。

「先輩には何か見えるんですか」

「君は憑かれている! 除霊を頼みに来たのだろうが、僕の手には負えない! 早く離れてくれっ」

 もはや悲鳴に近い声で除霊先輩は訴えてきます。
 私が呆然としていると、日奈子が手を引っ張ってきました。
 日奈子は暗い顔で私に言います。

「美琴、行こう」

「うん……」

 私達は部室の扉を閉めて廊下を歩きます。
 室内からはまだ先輩の絶叫が響いていました。
 付近にいた人達が何事かと集まってきます。
 その流れに逆らうように、私達は静かに進んでいきます。

「先輩の反応、演技じゃないよね」

「たぶん……」

「憑いてるってお辞儀さんのことかな」

「分かんないよ」

 私はうつむいて答えるしかありません。
 結局、解決策は見つからず、ただ不安が大きくなっただけでした。

 そして二日後、除霊先輩は死にました。
 大学の屋上から、お辞儀の姿勢で飛び降りたのです。
 地面に激突した先輩はしばらく生きていたらしく、倒れた状態で頭を小刻みに揺らすお辞儀を繰り返していたそうです。