大学の食堂で焼き魚の定食を食べていると、ヘロヘロの日奈子がやってきました。
 日奈子は私の向かい側に座り、ぐったりとテーブルに突っ伏します。
 私は特に気にせず挨拶をしました。

「おはよう」

「おはよー……もう死にそう」

「味噌汁いる?」

「ありがとう。美琴、愛してる……」

 掠れた声でプロポーズしつつ、日奈子は私の味噌汁をゆっくりと飲み干しました。
 そして渋い顔で深々と息を吐き出します。
 二日酔いが相当響いているようです。
 まあ、日奈子がこんな状態なのは珍しくないため、私のリアクションも薄くなりがちでした。

 日奈子は昼食のゼリーだけ買ってくると、それをスローペースで食べ始めました。
 その間、私は今朝の駅の出来事を話しました。
 すると日奈子はスプーンをくわえたまま胡乱な顔になりました。

「お辞儀さんに会ったぁ? ただのやばいオッサンでしょ」

「そうかもしれないけど……」

「絶対勘違いだって。飲みの時にいっぱいホラー談義したから、変に意識しただけだって」

 日奈子は半笑いで私を諭してきます。
 同意しかけた私は、窓の外の光景に動きを止めました。
 閑散とした駐車場の端に、駅で見た例の男がいたのです。
 男はやはり同じポーズで小刻みにお辞儀を繰り返していました。

 私は思考停止して釘付けとなりました。

「えっ」

「どうしたん。イケメンでもいた?」

「違う。お辞儀さん。今朝に見たのと同じ人だ」

 私は食べかけの定食を置いて食堂を飛び出しました。
 大急ぎで駐車場に向かうも、そこに男の姿はありませんでした。
 追いかけてきた日奈子が周囲を見回します。

「いないじゃん」

「近くにまだいるかも。探そう」

「えー……講義に遅れそうなんだけど」

「どうせ課題やってないからいいでしょ」

「あっ、確かにそうだ」

 付近を手分けして探しましたが、男と会うことはありませんでした。
 諦めて食堂に戻ったところで、日奈子がジロッとした目で私に言います。

「お辞儀さんじゃなくて、たぶん美琴のストーカーなんじゃない?」

「えっ、なんで」

「顔が好みで大学まで追いかけてきたとかさ。それで見つかって逃げたみたいな。都市伝説より現実味があるじゃん」

「それはそうだね」

 頷きつつも、私はどこか釈然としませんでした。
 私の心情を察した日奈子は新たに提案します。

「そんな気になるなら、除霊先輩に相談してみたら?」

「除霊先輩……? 誰それ」

「知らないの。大学の有名人だよ。あたし達の一つ上の先輩で、なんか霊能力者なんだって。除霊の仕事で小銭稼ぎをしてるって聞いたよ」

「胡散臭いんだけど……」

「それなー。でも本当に気になるなら相談するのもアリだと思う」

 除霊先輩のことは初めて聞きましたが、悪くない案でした。
 お金を払うのは抵抗があるものの、相談できる人がいるのは心強いです。
 私は少し考えた後、笑って答えました。

「まあ一応、考えとくよ」

「相談する時はあたしも呼んでね。除霊先輩ってイケメンらしいから」

「ナンパするつもり? 彼氏いるでしょ」

「もう別れましたー。だから無罪でーす」

 日奈子は変顔をして笑っています。
 まだ酒が残っているのか、妙にテンションが高いです。
 その後はいつもの調子で雑談しながら昼食を済ませました。