その日、私は友人の日奈子と居酒屋で飲んでいました。
 日頃の愚痴を吐き出した終えた辺りで、日奈子が奇妙な話を振ってきました。

「美琴ってさ。"お辞儀さん"って知ってる?」

「誰それ」

「妖怪とか幽霊みたいな都市伝説でさ。ずっとお辞儀を繰り返してるんだって。顔を見たら呪われるらしいよ」

 それを聞いた私は思わず笑ってしまいました。
 残っていた梅酒を一気飲みした後、率直な感想を返しました。

「お辞儀さんってネーミングがダサいね。そんな話、誰から聞いたの?」

「コンカフェの常連客。なんか一部の界隈で噂らしいけど」

「どうせ怖がらせるための嘘でしょ」

「美琴、めっちゃ冷めてるじゃん。ホラー好きじゃなかったっけ」

「私はちゃんとした怪談が好きなの。チープな創作ホラーはお断りだよ」

「手厳しいねえ」

 日奈子はニヤニヤしてビールを飲んでいます。
 お辞儀さんという都市伝説に対し、私と同じような印象を抱いているのでしょう。
 特に反論せず、むしろ同調するように頷いています。

 私はつい調子に乗ってダメ出しを続けました。

「そもそもお辞儀ってコンセプトが全然怖くないよね。別にそれ自体に害があるわけでもないし。呪われる条件もありきたりかなぁ」

「あっはっはっは! ズバズバ言うじゃん!」

「私の方が怖い怪談を作れるよ」

「おっ、気になる気になる! 一緒に作ろうよ!」

 それから酒の進んだ私達は、好き勝手に怪談を作ったり、即興の都市伝説を互いに披露しました。
 飲みすぎて大部分の記憶は飛んでしまいましたが、とにかく楽しかったことは憶えています。
 結局、居酒屋を何軒かハシゴしてしまい、気が付けば夜中の一時になっていました。

 店を出た私は、酔い潰れた日奈子を彼女の家に送り届けました。
 タクシー代はまた次のタイミングで請求しようと思います。

 それ以上の出費を避けるため、私は自宅まで歩いて帰ることにしました。
 日奈子の家から大して離れていないので、酔っ払った状態でも三十分くらいで着くでしょう。
 こういう展開はよくあり、道順はしっかり記憶しています。

 静かな住宅街を進む途中、街灯の下で人影が動きました。
 私は足を止めて注視しますが、何もいません。

(気のせい……?)

 野良猫でもいたのでしょうか。
 或いは泥酔したせいで、ゴミ袋を見間違えたのかもしれません。
 首を傾げながらも、私は帰宅して寝ました。