うさぎの足打そば

一週間後、出勤日である土曜日になった。
ちなみに、人生で最悪な土曜日になっている。

「なっ……なんで……」

一瞬夢であることを疑った。
なんと、俺のお気に入りのボールペンの持ち手が腐ったようにボロボロになっているのだ。木製のグリップなのでやすりで削らない限りこのようにはならないはずだ。

「落とし物ボックスに入れてあった時は、今年一番安心したのに……」
「海野くん!厨房の子が休んじゃったから、こっち早めに手伝って!」

店長の声が厨房から響いた。俺は名残惜しくも急いでボールペンを筆箱に入れて、すぐに制服に着替えた。
厨房に行くと、真ん中に木の調理台があり、その周りにステンレスの鍋やコンロなどの調理器具が置いてある。周りから草や葉のような爽やかで、かつナッツのような香ばしい匂いがマスク越しでも漂ってくる。

「それじゃあ、先週作れなかったそばを作るよ!」
「海野さん!そば作り頑張ってください!」

副店長である晴心陽(はれ こはる)さんが、飲食スペースから声高らかに鼓舞した。この人おせっかいタイプだな。う詐欺な説明よりは全然いいけど。
店長がそば鉢の側にある台に乗ると、早速指示を出してきた。

「まずは水回しから!はいどうぞ!」
「水回しってなんですか?水を回すんですか?」
「そうじゃなくて、そば粉と水を均等に混ぜる作業のこと!この計量カップに入ってる水を入れて回すように混ぜる!」
「わかりました」

俺は教えられた通りに、そば粉と水をうまく混ぜる…ことはできなかった。

「ちょっと待って!この段階でプレスするとコシが出ない!」
「あ、ごめんなさい」
「右!右が混ざってない!」
「こうですか?」
「もっと素早く!」

このように、事細かに指摘してくる。そば屋のこだわりというやつだろう。一回実践して見せてほしい。
結局よくわからず15分ほどかかってしまった。

「次!括り!」
「括りってなんですか?」
「バラバラになっている粉を、一つにまとめて練り粉にする作業!一人いなくて間に合わないから早く!」
「わ、わかりました」

そろそろ疲れてきた俺は、言われた通りに一つにまとめた。

「待って!こねなくていいよ!」

店長が、俺の作った練り粉を見つめて言った。

「えっと、何かまずかったですか?」
「そうじゃなくて、もっと手っ取り早い方法があるの!握力ある?」
「まあ、ちょい上くらいですね」
「なら大丈夫!僕を持って!」
「えっと、持つ?」
「抱っこ大丈夫なうさぎだから安心してね!」

そう言われ、俺は店長の足を練り粉に向けるように持った。

「じゃあ、腕に力入れて……いくよ!」
「力……ってうおわっ!?」

次の瞬間、店長が力一杯に練り粉を蹴り上げた。何度も、それも目では追えない速さで蹴っている。一発ごとに反動が手に響き、打撃音が厨房中に響き渡る。

「あのっ、これは、何をしているんですか!?」
「空気を抜いてるの!手打なら約3分のところ、足打ならなんと30秒!」
「そんなに時間飛ばして、そばの品質とか大丈夫ですか!?というかうさぎが蹴るのもちょっと……」
「大丈夫!空気抜けばいいし、熱消毒でうまいこといく!はず!」

今まで厳格に指摘をしたのが嘘のように、雑に作業をし始めた。若干尊敬しかけてたところなのに。

「こんなものかな。ありがとう!」

足打が終わったあと、しっかりとした練り粉が完成した。このあたりからそばを作っているという感じがする。

「後は綿棒で四角に伸ばして、折りたたんで、切って生そばにしたら茹でて完成!」
「結構まだありますね……あとどのくらいかかりますか?」
「そうだね……約30分!」
「まだ半分以下ですか……」

家なら茹でて終わりのところなのに。そばを作る苦労が身にしみてわかった。

「こんなことしてられない!早く作って!」

俺は店長に催促されて急ぎながら生そばを作った。

「これで、やっと終わりですか?」
「うん!これで仕込みは終了!後は注文が来た時に茹でればいいね!」
「わかりました。ありがとうございます」

初めてのそば作りが終わり、俺はバックヤードに行って一息付いた。
間もないうちに、店長がやってきた。

「そういえば、こんなことしてる暇じゃないんでしたっけ?」
「あ、もうそばの心配はしなくていいよ。この時間帯は15人分ほど作れば大丈夫!後は晴がやってくれる!」
「そうですか……」

任せっきりだといけないから、あとでテーブル拭いておこう。

「じゃあ、かじり木でリラックス!」

そう言うと、長方形の小さくて木をかじり出した。

「え、木をかじるんですか……」
「うん。うさぎは木をかじってストレス発散するから!」

まさか……店長へ疑いが芽生え初め、筆箱からボロボロのボールペンを取り出して、店長に見せた。

「これも、まさか店長が……!?」

俺は店長をまっすぐ見つめた。丸っこい目をこちらに向けて

「いや、これは知らない!」

「じゃあ、一体誰が……?」

バックヤードには、しばらく沈黙が続いた。