「新歓は『真赤』でいいか?」
いわゆる新入生歓迎会で披露する楽曲を決めている最中だった。あのライブから、数ヶ月が経ち、いくつか曲を作ったものの、納得のいくものがなかった。
彼女のことは今もまだ忘れられないままだ。
たまに彼女に似た女性を見かけることがある。髪が長く、背が高い美貌な女性。勘違いだとわかっていながらも、少し期待してしまう自分が心の奥底にはいた。
僕らの出番が終わったとき、泣きながらこちらへ向かってくる女性がいた。思わず僕は口にした。
「未鈴、さん……?」
顔をあげたその女性は未鈴さんではなかった。ハンカチで涙を拭いながら、僕に言った。
「『真赤』っていう曲、すごく素敵でした。よかったら一緒にバンド組みませんか?」
「いきなりそれは……」
僕は返答に困った。どうしてもというので、渋々連絡先を交換した。
その日からというもの、彼女は頻繁にメッセージを送ってくるようになった。「凪」と表示された連絡先を開き、彼女に返信をする。凪は僕と同じギターを練習しているらしい。メッセージの内容は、ギターに関する質問や大学に関する質問などさまざまだ。
楽曲を自分たちだけで作るということもあって、ある程度熱意を持った人物をバンドメンバーに加入させたかった。
いつも通りの彼女とのやり取りのなかで、こんな質問をされた。
「今度家に来ませんか?」
どうやらギターを教えてほしいそうだ。僕はその誘いには乗らずに断った。それからメッセージのやり取りを控えるようになった。
僕らが練習するスタジオには、駿と吹谷先輩が常駐していた。スタジオに入った僕に、駿は真っ先に言った。
「弘樹! 凪ちゃんの歌詞見たか?」
「歌詞? 何のこと?」
「俺にメッセージ送ってきたんだよ。ほら」
携帯電話の画面を見せられ、僕は凪が書いた歌詞を読んだ。
「あいつなかなかすごいな」
自分でも驚くほど、僕はあっさりと彼女を認めてしまった。凪に期待はしていなかったが、悔しいという感情より先に感心がきてしまった。その歌詞をもとに、僕らは曲を作ることにした。
「凪ちゃんもバンドに入れてあげなよ。あの子は相当才能ある子だよ」
駿の言葉に心が揺れる。僕は凪に電話をかけ、話があると言ってスタジオに来るよう促した。
「失礼します」
意外にも早く彼女は来た。入り口の前に立ったまま、凪は続けた。
「あの……お話というのは?」
「凪の歌詞を読ませてもらった。よかったらバンドに入ってほしい」
僕のその一言を聞いて彼女は笑った。僕も照れ臭くなり、咄嗟に下を見た。
「おい、二人とも照れんなよ~」
吹谷先輩が僕らを茶化す。
「じゃあ今日は飲み行っちゃいますか!」
「吹谷先輩の奢りなら行きます」
僕ら三人が通い詰める●●●●にある居酒屋へ行くことにした。
二時間ほど飲み続け、酔いがだいぶ回ってきて、僕らは店を出ることにした。
「じゃあ、僕はこの辺で」
凪と最寄り駅が同じだったため、途中まで一緒に帰ることにした。
「高校のときはどういう感じだったの?」
気まずい空気を紛らわそうと、他愛もない質問を投げかける。
「なんでも一番を取りたかったんです。勉強も部活も本気だったから」
「ふーん。凪もすごいんだな」
「もっと尊敬してくださいね」
「尊敬はしないけどさ、すごいとは思うよ。あの歌詞とか特に…」
僕がそこまで喋り終えて、隣に凪がいないことに気づいた。
「弘樹……先輩……。私こっちから帰ります……」
僕の後ろに立つ凪は、そう言い残して走り去ってしまった。彼女は異様に青ざめた顔をしていたが、僕は酔いが回りすぎたのだろうと、特に気に留めなかった。
――カツカツカツカツ。
何の音だろう。辺りを見回しても何の気配も感じられない。疲れているだけだろう。立ち止まって深呼吸を繰り返し、再び歩き始めた。
ふらつきながらも僕はようやく自宅に到着した。部屋に入ってすぐ、ベッドに飛び込んだ。月明かりが部屋の中を照らす。僕は天井を見上げながら、未鈴さんを思い出した。
今ごろ彼女は何をしているのだろう。誰のことを想って生活しているのだろう。考えれば考えるほど胸が苦しくなる。未鈴さんのいない生活はとにかく寂しかった。
ふと、帰り際の凪の言動に不安を抱き、メッセージを送った。
【無事に帰れた?】
凪からの返信がきたのはそれから二日後のことだった。
【大丈夫です。今日ご飯行きませんか?】
いつもなら数分経てば返信がくるのだが、今回は違った。
その凪の誘いに乗り、僕らは午前十時に指定された集合場所へと向かった。
「ちょっと、集合早くない?」
「今から水族館行きますよ!」
強引に手を引かれ、僕らは●●市にある水族館へと向かった。
いわゆる新入生歓迎会で披露する楽曲を決めている最中だった。あのライブから、数ヶ月が経ち、いくつか曲を作ったものの、納得のいくものがなかった。
彼女のことは今もまだ忘れられないままだ。
たまに彼女に似た女性を見かけることがある。髪が長く、背が高い美貌な女性。勘違いだとわかっていながらも、少し期待してしまう自分が心の奥底にはいた。
僕らの出番が終わったとき、泣きながらこちらへ向かってくる女性がいた。思わず僕は口にした。
「未鈴、さん……?」
顔をあげたその女性は未鈴さんではなかった。ハンカチで涙を拭いながら、僕に言った。
「『真赤』っていう曲、すごく素敵でした。よかったら一緒にバンド組みませんか?」
「いきなりそれは……」
僕は返答に困った。どうしてもというので、渋々連絡先を交換した。
その日からというもの、彼女は頻繁にメッセージを送ってくるようになった。「凪」と表示された連絡先を開き、彼女に返信をする。凪は僕と同じギターを練習しているらしい。メッセージの内容は、ギターに関する質問や大学に関する質問などさまざまだ。
楽曲を自分たちだけで作るということもあって、ある程度熱意を持った人物をバンドメンバーに加入させたかった。
いつも通りの彼女とのやり取りのなかで、こんな質問をされた。
「今度家に来ませんか?」
どうやらギターを教えてほしいそうだ。僕はその誘いには乗らずに断った。それからメッセージのやり取りを控えるようになった。
僕らが練習するスタジオには、駿と吹谷先輩が常駐していた。スタジオに入った僕に、駿は真っ先に言った。
「弘樹! 凪ちゃんの歌詞見たか?」
「歌詞? 何のこと?」
「俺にメッセージ送ってきたんだよ。ほら」
携帯電話の画面を見せられ、僕は凪が書いた歌詞を読んだ。
「あいつなかなかすごいな」
自分でも驚くほど、僕はあっさりと彼女を認めてしまった。凪に期待はしていなかったが、悔しいという感情より先に感心がきてしまった。その歌詞をもとに、僕らは曲を作ることにした。
「凪ちゃんもバンドに入れてあげなよ。あの子は相当才能ある子だよ」
駿の言葉に心が揺れる。僕は凪に電話をかけ、話があると言ってスタジオに来るよう促した。
「失礼します」
意外にも早く彼女は来た。入り口の前に立ったまま、凪は続けた。
「あの……お話というのは?」
「凪の歌詞を読ませてもらった。よかったらバンドに入ってほしい」
僕のその一言を聞いて彼女は笑った。僕も照れ臭くなり、咄嗟に下を見た。
「おい、二人とも照れんなよ~」
吹谷先輩が僕らを茶化す。
「じゃあ今日は飲み行っちゃいますか!」
「吹谷先輩の奢りなら行きます」
僕ら三人が通い詰める●●●●にある居酒屋へ行くことにした。
二時間ほど飲み続け、酔いがだいぶ回ってきて、僕らは店を出ることにした。
「じゃあ、僕はこの辺で」
凪と最寄り駅が同じだったため、途中まで一緒に帰ることにした。
「高校のときはどういう感じだったの?」
気まずい空気を紛らわそうと、他愛もない質問を投げかける。
「なんでも一番を取りたかったんです。勉強も部活も本気だったから」
「ふーん。凪もすごいんだな」
「もっと尊敬してくださいね」
「尊敬はしないけどさ、すごいとは思うよ。あの歌詞とか特に…」
僕がそこまで喋り終えて、隣に凪がいないことに気づいた。
「弘樹……先輩……。私こっちから帰ります……」
僕の後ろに立つ凪は、そう言い残して走り去ってしまった。彼女は異様に青ざめた顔をしていたが、僕は酔いが回りすぎたのだろうと、特に気に留めなかった。
――カツカツカツカツ。
何の音だろう。辺りを見回しても何の気配も感じられない。疲れているだけだろう。立ち止まって深呼吸を繰り返し、再び歩き始めた。
ふらつきながらも僕はようやく自宅に到着した。部屋に入ってすぐ、ベッドに飛び込んだ。月明かりが部屋の中を照らす。僕は天井を見上げながら、未鈴さんを思い出した。
今ごろ彼女は何をしているのだろう。誰のことを想って生活しているのだろう。考えれば考えるほど胸が苦しくなる。未鈴さんのいない生活はとにかく寂しかった。
ふと、帰り際の凪の言動に不安を抱き、メッセージを送った。
【無事に帰れた?】
凪からの返信がきたのはそれから二日後のことだった。
【大丈夫です。今日ご飯行きませんか?】
いつもなら数分経てば返信がくるのだが、今回は違った。
その凪の誘いに乗り、僕らは午前十時に指定された集合場所へと向かった。
「ちょっと、集合早くない?」
「今から水族館行きますよ!」
強引に手を引かれ、僕らは●●市にある水族館へと向かった。

