波嚙み

 西川が机上に広げられた数多くの資料を睨みつけている。これまでの話の中に登場した、凪という人物。その父親が今俺の目の前にいる。西川は震えながら怒りをあらわにしている。
 「酒井くん――」
 名前を呼ばれ、咄嗟に背筋を伸ばして返事をする。
 「何かわかったことは?」
 「西川先生の娘さんが……」
 「違う! 違う! そうではない」
 俺の言葉を遮って怒鳴り始めた。
 「アイツがどこにいるかわかるか?」
 アイツとは、未鈴のことだろうか。どうして俺に訊くのだろう。俺にわかるはずがない。
 「アイツをどう殺せばいい?」
 西川の目が血走っている。今の彼の精神状態は正常ではない。
 「そんなの、俺に訊かれても……」
 西川は先ほどの怒りを忘れたように微笑んだ。何を考えているか、俺には全くわからない。西川にこの事件の詳細を尋ねたことを後悔し始めている。とっくに陽は落ちていた。
 「これらの資料、写真撮ってもいいですか」
 西川は「あぁ」とだけ言い、窓の外を眺めたまま続ける。
 「すまない、つい熱くなってしまった」
 西川は注いだのを忘れていたであろう、冷めたコーヒーを手に取って飲んでいた。俺はただその様子をじっと見ていた。
 この空気感に堪えかねた俺は、感謝を伝え西川の研究室を後にした。
 帰路に着いた俺は「お姉ちゃん」と書かれた連絡先へと電話をかけた。