波嚙み

 自殺した西川凪さんに関するインタビューの文字起こし
 一、Ⅰ・Sくん(20歳)(二〇二〇年八月二日取材)
 いや、俺も驚きましたよ。凪ちゃんは俺と一緒にバンドを組んでましたから。俺はあんまり詳しい話は知らないけど、突然ようすがおかしくなったのは、たしか六月くらいだったと思います。なんかずっと俺らに向かって口パクしてるんすよ。でも何言ってんのかわかんなくて、「またね」とか言って逃げてました。
 サークルには来なくなっちゃったし、大学の講義も出席してなかったらしいですよ。多分精神的な病か何かじゃないですか?
 あの絵見ました?
 変な女の絵を亡くなる前に描いてたみたいなんすけど、キモくないすか?
 丸いピアスつけた髪の長い女がこっち見て笑ってるやつ。めっちゃ鳥肌立っちゃって、一人でトイレいけないっす。
 あ~、あの動画のことですか。あれはちょっとありえないですよね。言いすぎっていうか。Hの悪口ずっと言ってるんすよ。
 「Hくんは楽器もろくに出来ないし、歌も下手で…」
 的なこと言ってました。今はあのアカウント自体削除されたみたいなんで、なんて言ってたかは正直あんまり覚えてないです。すいません。
 俺が知ってるのはそのくらいすかね。あいつらの話も聞いてあげてください。そんじゃ、俺はここで。

 二、O・Fくん(21歳)(二〇二〇年八月二日取材)
 次は俺の番すか?
 最初Sに動画見せられたときはビビりましたよ。俺があの子とバンドやってたときは、超優しかったんすよね。誰にでも愛想良く接する女の子だったと思いますよ。
 Hとはよく遊んでたって聞きました。なのにあんなに悪口言うのおかしくないですか?
 俺はなんかおかしいと思うんすよね。凪ちゃんの口パクのこととか、描いた絵のこととか違和感があるんすよ。まあでも、俺らは凪ちゃんから距離を取るようにしたんすけどね。だって怖いじゃないすか。なんか呪い的なものだったら、どうしようって。あんな不気味な絵も描いてんすよ。俺幽霊とか信じるタイプだから、Hのこと呪おうとしてんじゃねえかなって思うようになったんですよ。何を考えてたのか、俺にはわかんないっす。

 三、S・Hくん(20歳)(二〇二〇年八月八日取材)
 ただただ寂しい気持ちです。自殺する前、僕が常に持っていたメモ帳に、こういう変な女が書かれてたんです。
 見た瞬間に、凪が描いたものだってわかりました。亡くなる前、よく言ってたんです。どこへ行くにも女がいるって。僕と二人で遊びに行ったときも、突然僕を連れてどこかへ走っていくんです。理由を訊くと、「女がこっちを見て笑ってるから」って。
 これが不気味ですか?
 僕はそんなこと思いませんでしたよ。
 最初はただ疲れてるだけだろうと思ってました。でも、凪の家に行ったとき、勝手にインターホンが鳴ったり、ドアをドンドン叩かれたりして、すごく怖い思いをしました。でも怖くなくなりました。
 そんなところですかね。もう喋ることもないです。ていうか、どうせ死んでるんだし、話す必要なくないですか?(笑)