「伊都さん、今の気分は?」

 「今は……ガツンと、中華な気分です」

 「あはは、おんなじ。僕も、ガツンと中華の気分」

 「良かった」

 伊都さんの身支度が済んで一緒に外に出ると、鼻の奥がツンと痛んで全身がぶるっと震えるくらいに寒かった。伊都さんはこんな寒い中、急いで帰ってきてくれたんだと思うと、胸の奥底がきゅっと締め付けられた。

 アパートから10分ほど歩いた先の交差点を渡ってすぐのところに、中華料理店『ベリー・カシス』がある。外観はレンガ調の造りになっていて、店名だけではなく店の佇まいからもこの店が中華料理店だとは想像もつかない。

 「なんか緊張しますね」

 「あはは、そうだね」

 ドアを引くと、カランと軽い鐘の音がした。中に入ると小柄な中年女性が「いらっさせぇ〜」と間延びした声で言って近づいて来たので、2人です、と言うと壁際のテーブル席を案内された。そこの壁には、虎と龍のイラストが大きく描かれている。

 「わあ、立派な虎龍図」と思わず呟くと「とらりゅうず?」と伊都さんが小首を傾げた。

 「中国のことわざを絵にしたものなんだ」

 「へえ。なんてことわざなんですか?」

 「雲は龍に従い、風は虎に従うってやつなんだけど……意味は、忘れちゃった」

 「雲は龍に……かっこいいことわざですね」

 席につくと、店員が水とお手拭きを持ってきてくれた。メニューはスマホでQRコードを読み込んで注文するスタイルだったので、テーブルにメニュー表を広げて見ながらお互いに気になった料理を口に出して僕のスマホの画面をタップしていく。餃子、エビチリ、黒酢の酢豚、五目炒飯に、胡麻担々麺……。

 「こんなに、食べきれますかね」とスマホの画面に羅列されたメニュー名を見て伊都さんが言う。

 「食べれるよ〜。和巳さんのおすすめのお店だから、全部美味しいだろうし」

 「ふふ、確かに。楽しみです。匡さん、飲み物は?」

 「僕はお酒弱いから、ノンアルにしようかな」

 「あ、私も弱いんです」

 「えっそうなの?意外」

 「それ、どういう意味ですか」

 伊都さんはちょっと笑って僕をじとっと見る。それがおかしくて、「いやいや、深い意味はないよ」と笑いながら言う。お互いにアルコールが弱いもの同士だと、気楽だねと言い合って、ノンアルコールのビールを頼んだ。

 食後のデザートには、胡麻アイスや杏仁豆腐が気になったけれど、食べられそうなら後で追加注文することにしようと話し合った。