「ん、どうしたの?」
「あ、すみません。 なんか、力が抜けた感じがして」
そう言うと、伊都さんもグラフの半分くらいまで残っていたビールを一気に飲み干した。今度は僕がキョトンとしていると、伊都さんは、はぁ、と小さく息をつく。
「私も本当は、いま匡さんが言ったみたいに勢いで思ったことを言いたかったんです。まどろっこしい言い方しないで、“すごく嫌だった”とか“腹が立った!”って、怒りたかった」
伊都さんは、空になったグラスに視線を落とす。目尻のアイラインは、少し掠れている。
「そうできなかったのは、多分、私は匡さんにそんな自分を見せたくなかったからなんだと、思います。前に、姉が死んでしまったことに比べたら会社での嫌なことなんて大したことないって言った手前、愚痴を言ったら格好悪い気がして。でも匡さんが言ってくれて、気持ちが楽になった感じがしました。それに、そう。そんな嫌なことがあっても美味しいご飯は美味しいんだなぁと思ったって、言いたくて」
伊都さんはどこか照れてるみたいに控えめに笑った。その笑顔は、いつもよりも血色の良いのだろうと思う。
「伊都さんは、格好悪くなんかないよ」
ちゃんと、伊都さんに届くように真っ直ぐ前を向いて言う。本当は、格好悪くたって、なんだっていいのに。
「伊都さんに自分の過去とか感情とか、格好悪いところも全部打ち明けた僕が言うのもなんだけど、僕の前くらい、仕事のことでもなんでも、怒ったりしてよ。泣いたりとか、ものすごくはしゃいだりとか。僕も一緒にそうするから」
そう言ったら、伊都さんの表情がほんの一瞬だけ今にも泣き出しそうに見えた。けれど、伊都さんはすぐに笑って「2人で怒ったりはしゃいだりしてるところ想像したら、面白いですね」と笑った。その笑顔は、これまで見た中でも力が抜けていて自然なもので、それだけで、伊都さんをここに連れてきて良かったと思わせた。
「でも、うん。わかりました。私も、人に言えなかったこと匡さんに全部話しちゃったから、格好悪いとか気にするのは今更でした」
「そうだよそうだよ。よし、じゃあこの流れでさ、伊都さんの話色々聞かせてよ」
「今度は匡さんの番ですよ」
「えぇっ、僕?そうだなぁ」
それから僕たちは、過去のことから、最近の出来事についてを話題に話を膨らませた。直感的に、伊都さんは過去の思い出にしきれていない“傷”までは話していないだろうと思ったけれど、きっと“あの日”以来、改めてお互いの話をするのは久しかった。
会話と料理の両方に意識を向けながらの食事は忙しなくて、けれどそれが楽しかった。料理は、はじめに頼んだ分の他にもデザートに杏仁豆腐とマンゴープリンまで食べた。お腹がはち切れそうなくらいまで食べたのはいつぶりだろうと2人でまた笑って、店を後にした。
「和巳さんのおすすめの店は、やっぱり美味しいですね」
「うん。和巳さんに言ったら、きっと嬉しがってまた他のお店教えてくれるよ」



