祭りの喧騒も、人々の動きも、風さえも。
 すべてが静止した世界で、女性だけが必死にもがいている。

「くそっ! 万界管制局(セントラル)か!」

 女性は拘束されたままふわりと宙に浮かび上がり、光の拘束を振り払おうと、激しく身をよじる。

 この凍りついた世界で、動けるというのは――。

 女性が管理者権限を持っている証しだった。

「させるかぁ!」

 誠の咆哮が、静寂を破った。

 あちこちの宙が裂け、その向こうから万界管制局(セントラル)の精鋭たちが、まるで忍者のように現れる。

 手にしているのは、虹色に輝く特殊な装置。
 それらが一斉に起動し、空間に幾何学的な光の紋様を描き出す。

 ヴゥゥゥン……。

 光でできた巨人の手が、アルゴを掴んだかのように見えた。

 刹那――――。

 ぐはぁ!

 彼女の体が、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。
 容赦ない衝撃が、広場に響いた。

「今だ! 確保! 確保!」

 号令と共に、特殊な拘束具を手にスタッフたちが四方から飛びかかる。

 一人がアルゴの腕を押さえ「確保ぉ!」、
 一人が脚を封じ「確保ぉ!」、
 一人が胴体に覆いかぶさる「確保ぉ! 確保ぉ!」。

 まるで統制の取れた狩人たちが、獰猛な獣を押さえ込むかのような光景。

「ぐぁぁぁぁ! 離せ! 離せぇぇ!」

 アルゴは獣のような叫び声を上げた。

 次の瞬間、彼女の体から黒い霧が噴出する。

「ぐはっ! 吸うな!!」「くぅぅぅ……」

 アルゴの最後の抵抗であった。

 しかし――。

「無駄だ!」

 誠が新たな拘束装置を投入する。

 それは生きているかのように、グルグルとアルゴの体に巻き付いていく。
 腕に、脚に、胴体に――銀色の帯が、幾重にも幾重にも。

 そして――――、まるでミイラ状になり、黒い霧も止まった。

「アルゴ!! ついに、ついに捕まえたぞ!」

 誠が勝利を確信した声で叫ぶ。

「くぅっ!」

 完全に身動きが取れなくなったアルゴ。
 銀色の帯の間から覗く顔に、悔しさと諦めが入り混じる。

「うかつだった……」

 力なく呟く。

「まさか、トマトで……こんな原始的な罠に……」

 誠は腰のホルスターから、短剣のような装置を抜き出した。

 刀身は透明な結晶でできており、内部で虹色の光が脈動している。
 人格固定装置――管理者の最終兵器。

「悪く思うな」

 誠は躊躇なく、その刃をアルゴの背中に突き立てた――――。

「ぐはぁっ!」

 アルゴの全身に、激しい痙攣が走る。

 そして――彼女の長い黒髪が、短く縮んでいく。
 柔らかな顔の輪郭が、角張っていく。
 女性的な体つきが、筋肉質な男性のそれへと変貌していった。

 まるで、仮面が剥がれ落ちるように偽りの姿が消え、本来の姿が現れる。

 最後に、アルゴは力なくうなだれ――意識を失った。

「やった!」

 シャーロットの歓声が、凍った世界に響き渡る。

「やったわぁぁぁ!!」

 屋台を飛び越え、エプロンをはためかせながら駆け出した――――。

「やったのよ! 本当にやったの!」

 両手を天高く掲げ、まるで子供のように飛び跳ねる。
 涙が、頬を伝って流れ落ちた。

「おう! 本当にやったな!」

 誠はシャーロットに向け、手のひらを高く掲げた。

 シャーロットはそれを目がけてぴょんと飛ぶと、パァン!とハイタッチ。辺りにいい音が響いた。

「トマトが! オムライスが! 世界を救ったのよ!」

 シャーロットは両こぶしをグッと握り満面の笑みで叫ぶ。

 プログラミングも知らない。
 システムも理解できない。
 でも――料理の力で、愛情を込めた一皿で、宇宙的テロリストを捕まえたのだ。

「これで……これで……」

 シャーロットの胸に、熱いものが込み上げる。

 ゼノさんに会える。
 『ひだまりのフライパン』を取り戻せる。
 あの温かな日々が、また始まる――――。

 時間の止まった祭りの中。
 シャーロットは喜びの涙を流し続けた。

 トマトの香りが漂う広場で。
 世界を救った奇跡の瞬間を、その胸に刻みながら。