一週間後――。

 夕暮れ時のカフェは、琥珀色の光に包まれていた。

 窓から差し込む西日が、テーブルの上のコーヒーカップを優しく照らす。立ち上る湯気が、まるで小さな天使の梯子のように光の筋を描いていた。

「ねぇ、シャーロットちゃん」

 常連のマルタが、カップを片手に身を乗り出してきた。

「王都での大事件、知ってる?」

 皺の刻まれた顔に、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「え? 何かあったんですか?」

 シャーロットは努めて平静を装いながら、手にしていたカップをそっとソーサーに置いた。

「大聖女シャーロット様が、魔王を従えてドラゴンに乗って現れたんですって!」

 マルタの声には興奮が滲んでいる。

「あなたと同じ名前よ? なんて素敵な偶然かしら!」

「だ、大聖女……?」

 シャーロットの頬が引きつった。まさか、そんな大袈裟な呼び名がついているなんて――――。

「そうよ! 偉大なお方でね、天から授かった奇跡の薬を王都の人々に配って、死の病から救ったんですって! まるで御伽噺の世界のお話だわ!」

 マルタは目を輝かせた。

「へぇ、そんな凄い方が実在するなんてねぇ。同じ名前なので、あやかりたいものです……」

 シャーロットは悟られないように適当に合わせながら、手元のスプーンでコーヒーをかき混ぜた。カチャカチャという音が、妙に大きく響く。

 マルタがずいっと身を寄せてきた。

 年季の入った笑い皺が、いたずらっぽく深まる。

「でもねぇ……」

 声をひそめ、まるで秘密を打ち明けるように。

「魔王を従えてやってくるなんて……あの二人、もしかして……デキてるんじゃない?」

 ブフッ!

 シャーロットは思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。慌てて手で口を押さえる。

「デ、デキてません! た、ただの知り合いです!!」

 声が裏返った。

 頬が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。

「へ?」

 マルタがきょとんとした顔で首を傾げる。

「あんた、何か知ってるの?」

「あ……い、いえ……その……」

 シャーロットは必死に言い訳を探した。額に汗が滲む。

「だ、大聖女様が魔王と付き合うだなんて……あってはならないことですよ!」

「うーん、確かにねぇ」

 マルタは顎に手を当てて考え込む。

「一番神聖な方が人類の敵と仲良しっていうのは、ちょっと心配よね。本来なら悪の権化である魔王を、エイッてやっつけるのがお仕事でしょうに」

「あ、ま、魔王さんも……」

 シャーロットは慌てて弁護の言葉を探す。

「最近は改心……したのかもしれませんよ?」

 なぜ必死に庇っているのか、自分でもよく分からない。

「ん?」

 マルタの眉がよった。観察するような、探るような視線――――。

「あんた、どっちの味方なのよ?」

「えっ!? い、いや、その……」

 まさにその時――。

 カランカラン♪

 救いの鐘が鳴った。ドアベルの澄んだ音が、張り詰めた空気を和らげる。

「いらっしゃいませー!」

 シャーロットは飛びつくようにカウンターから立ち上がった。

 やってきたのはフードを被った大柄な影。夕日を背に受けて、まるで伝説の英雄のようにも見える。

「いらっしゃいませー!」

 駆け寄りながら、これで話題を変えられると安堵した。

「ん? 『魔王』とか聞こえたような……? 何の話だ?」

 フードの奥から、怪訝そうな声。

「い、いえ! 何でもないです! 何でも……」

 しかし――。

「王都に現れた大聖女シャーロットと魔王は、デキてるんじゃないかって話をしてたのよ」

 マルタがあっけらかんと爆弾を投下した。

 シャーロットはぎゅっと目をつぶり。茹でダコのように真っ赤になる。

「はっはっは!」

 ゼノヴィアスが愉快そうに笑い声を上げた。

「我の魅力に、そろそろシャーロットも気づく頃だろうな」

 フードの隙間からシャーロットの顔を、まるで答えを探すように見つめてくる。

 シャーロットはプイッと横を向いた。

 視線を合わせたら、何か大切なものが溢れ出してしまいそうで。

「いや、あんたじゃなくて魔王の話よ」

 マルタが苦笑しながら言う。

「ふはは、我には同じに思えるがな!」

 ゼノヴィアスは意味深に笑う。そして、一歩シャーロットに近づいた。

「それで? そろそろ受け入れてくれる気になったか?」

 優しい声。けれど、その奥に隠しきれない期待と不安。

「え? 嫌ですけど?」

 シャーロットはツンと澄ました。

 でも、心臓が早鐘を打っているのがバレないだろうか。

「これはまた手厳しい……」

 ゼノヴィアスは苦笑いを浮かべる。けれど、すぐに何かを思い出したように懐を探った。

「そうだ、これ。面白いハーブが手に入ったから、シャーロットにもおすそ分けだ」

 ゼノヴィアスはそっと小袋をシャーロットへと差し出す。