クロとシロと、時々ギン

 本当は、緊張の糸が切れて、どっと疲労が押し寄せてきていたのだが、そんな素振りを見せるわけにはいかない。

「さっきまでは、あんなに幸せオーラ全開だったのに、今はなんか寂しそうですよ?」

 萌乃は、悪戯っぽく笑う。

「そんなことないわ。ただ、ちょっと眠たくなってきただけ」

 私は、わざと冗談めかして答えた。萌乃は、眉根を寄せて、呆れたようにため息をつく。それから、「はい」と言って、小さな包みを差し出してきた。

「なにこれ」
「チョコレートです」
「なんでチョコ?」

 私が訊ねると、萌乃は、さも当然という顔で答えた。

「明日花さん、ドレス着るからって、朝からほとんど食べれてなかったですよね? だから、差し入れです。糖分取って、元気出してください。無理しちゃダメですよ」

 萌乃の言葉を聞いて、急に空腹を感じた私は、その包みを受け取った。

「ありがとう」

 私は、そう言って微笑む。

「萌ちゃんのそういう優しさが白谷先輩に伝わるといいね」
「えー。どうでしょう」

 萌乃は、照れ臭そうに笑ってみせる。その時、コンコンっとドアをノックする音が響いた。萌乃が私の様子を確認してからドアを少しだけ開ける。私は、萌乃の肩越しに部屋の入り口の方へ視線を向けた。そこには、既に着替えを済ませて、いつも通りの爽やかなサラリーマンとなった白谷吟が立っていた。

 白谷吟は、萌乃に向かって何か声をかけたようだが、くぐもっていて室内にいる私には良く聞こえなかった。萌乃は、白谷吟と二言三言言葉を交わすと、こちらを振り向いて、声をかけてきた。

「明日花さん。白谷さんが、明日花さんにお話があるようですけど、お通ししても良いですか?」

 私は、少し戸惑ったが、しかし、断るわけにもいかず、渋々承諾することにした。白谷吟は、控室に入ってくると、真剣な表情で私を見つめてきた。先ほどまでの軽薄そうな様子は微塵も感じられない。私は、思わず背筋を伸ばしてしまう。

 白谷吟が口を開く。彼は、私に頭を下げると、突然こう言った。

「矢城さん、さっきはごめん! 余計な事をしたかなと反省しているんだ。でも、どうしても我慢できなくて」

 予想外の展開に私は目を丸くする。ぽかんとしたまま、何も言えないでいる私の反応を見て、白谷吟は慌てて付け足す。

「あっ、もちろん、史郎の気持ちは分かっていての行動なんだけど。まさか、話が進んでいないと思わなくて。つい……。君に嫌な思いをさせたかもしれない。そう思って……」