台風が過ぎ去ったばかりの空は、目がつぶれそうなほどに青かった。
「きみ、ちょっと待って」
僕が後ろからきりりと声をかけたら、少年はくるりと振り向いた。無表情だ。
重厚な石造りの学校の図書館と校舎の間にある広い中庭の芝は、昨晩、さんざん雨風にたたかれて、みずみずしい色をしながらも一律に右になぎ倒されている。
「また、図書館から勝手に本を持ち出したね」
彼は返事の代わりに手にしていた本の藍色の表紙を見た。幻想小説のシリーズの3巻だ。
不満そうに引き結ばれた紅色のぽってりとした唇と、ふわふわとした髪と同じブルネットの色をした細い眉がきゅっと上がった。
「知っているだろう。僕には借りる権限がない」
「もっとうまくやれと言っているんだ。受付係が不審に思っていた」
僕の厳しい声を聞いた彼はまた唇を引き結ぶ。ギリシャ彫刻のように彫りの深い整った顔立ちだが、生徒たちの中にふしぎとまぎれ込んでしまうのは、平均的な身長を持ち、みなと同じ、のりの効いた真っ白な丸えりのブラウスに、えんじ色のリボンタイ、学年を示すエメラルドグリーンのブレザーとネイビーのズボンと言う姿だからか。木は森にかくせと言う。
彼は無表情のまま桜の木かげにかくれるようにすっと座った。見上げれば昨晩の嵐のなごりで、
強い風が深緑色の葉をザワザワと揺らし、葉陰が彼の白い顔に魚影のように映り、たなびいた。
「きみの叔父さまはその本を持っていないのかい」
「持っているよ」
僕の質問に彼はそっけな声で答え、手にしていた本を開いた。とがめられることをいとうように。
アルトサックスの高音がかすれたような声だ。深みがあり、甘い。しかし、しゃべるのもおっくうだと言わんばかりに彼は次々とページをめくる。
白桃のような丸い頬が幼さをじゅうぶんに残し、手も同じ色で指が細く長く、爪は紅サンゴの色で丸い。きちんと手入れされている手だ。
この少年はどこから見ても美しい造りをしているが、自由に跳ねるブルネットの髪だけは、その完ぺきな美貌を崩す要因と成り、その要因でさえまぶしいほどに魅力的なのだった。
髪と同じ色の眉と蝶の羽ばたきのような濃く長い睫毛、目は垂れ目で二重が深く、鼻は高慢にツンと高い。痩せ気味でとがったあご。からだは細く手足が長い。
成長途中の危うさでさえ彼の魅力を構築するエッセンスのひとつだ。もうすぐ安定して深みと艶を帯びるのだろう変声期中の声も。
「だけど、ここの図書館の本を読むことに意義がある。
叔父さまとは関係がない」
『叔父さま』の話題となると、彼はいつも不機嫌になる。
彼は『叔父さま』と、坂の上の豪邸でふたり暮らしだが、彼はその叔父があまり好きではないようだった。
彼のひざに乗せられた本のページを強い風がめくっていく。僕はその本をまだ読んでいない。
今日、借りようと思っていたら、彼がぬすんだあとだったのだ。
わずかな兵をひきいて少年の王子が出陣する。父親王のかたきを取るために。あらすじはそんなだった。
「きみ、ちょっと待って」
僕が後ろからきりりと声をかけたら、少年はくるりと振り向いた。無表情だ。
重厚な石造りの学校の図書館と校舎の間にある広い中庭の芝は、昨晩、さんざん雨風にたたかれて、みずみずしい色をしながらも一律に右になぎ倒されている。
「また、図書館から勝手に本を持ち出したね」
彼は返事の代わりに手にしていた本の藍色の表紙を見た。幻想小説のシリーズの3巻だ。
不満そうに引き結ばれた紅色のぽってりとした唇と、ふわふわとした髪と同じブルネットの色をした細い眉がきゅっと上がった。
「知っているだろう。僕には借りる権限がない」
「もっとうまくやれと言っているんだ。受付係が不審に思っていた」
僕の厳しい声を聞いた彼はまた唇を引き結ぶ。ギリシャ彫刻のように彫りの深い整った顔立ちだが、生徒たちの中にふしぎとまぎれ込んでしまうのは、平均的な身長を持ち、みなと同じ、のりの効いた真っ白な丸えりのブラウスに、えんじ色のリボンタイ、学年を示すエメラルドグリーンのブレザーとネイビーのズボンと言う姿だからか。木は森にかくせと言う。
彼は無表情のまま桜の木かげにかくれるようにすっと座った。見上げれば昨晩の嵐のなごりで、
強い風が深緑色の葉をザワザワと揺らし、葉陰が彼の白い顔に魚影のように映り、たなびいた。
「きみの叔父さまはその本を持っていないのかい」
「持っているよ」
僕の質問に彼はそっけな声で答え、手にしていた本を開いた。とがめられることをいとうように。
アルトサックスの高音がかすれたような声だ。深みがあり、甘い。しかし、しゃべるのもおっくうだと言わんばかりに彼は次々とページをめくる。
白桃のような丸い頬が幼さをじゅうぶんに残し、手も同じ色で指が細く長く、爪は紅サンゴの色で丸い。きちんと手入れされている手だ。
この少年はどこから見ても美しい造りをしているが、自由に跳ねるブルネットの髪だけは、その完ぺきな美貌を崩す要因と成り、その要因でさえまぶしいほどに魅力的なのだった。
髪と同じ色の眉と蝶の羽ばたきのような濃く長い睫毛、目は垂れ目で二重が深く、鼻は高慢にツンと高い。痩せ気味でとがったあご。からだは細く手足が長い。
成長途中の危うさでさえ彼の魅力を構築するエッセンスのひとつだ。もうすぐ安定して深みと艶を帯びるのだろう変声期中の声も。
「だけど、ここの図書館の本を読むことに意義がある。
叔父さまとは関係がない」
『叔父さま』の話題となると、彼はいつも不機嫌になる。
彼は『叔父さま』と、坂の上の豪邸でふたり暮らしだが、彼はその叔父があまり好きではないようだった。
彼のひざに乗せられた本のページを強い風がめくっていく。僕はその本をまだ読んでいない。
今日、借りようと思っていたら、彼がぬすんだあとだったのだ。
わずかな兵をひきいて少年の王子が出陣する。父親王のかたきを取るために。あらすじはそんなだった。



