血だらけのジューン・ブライド

『June Bride』(記録映像・未編集素材)
カメラは、花嫁の笑顔を追っている。
明るいBGMと、ゲストハウスの緑豊かな庭。窓の外には温水プールが光を反射し、まるで豪邸のようだ。
 麻衣のスピーチが終わり、会場は笑い声と拍手に包まれている。
「今日の主役は私なんだ」
「夢だったジューン・プライドの花嫁になれた」
映像には小鳥の声まで入っていて、完璧な一日が記録されている。
健太が花嫁に微笑み、カメラマンがシャッターを切る。
白いレースの裾が揺れるたびに、フィルムが光を帯びる。
「せっかくの綺麗な化粧が崩れるよ~」
健太の囁きに、花嫁は笑って頷く。
司会者がマイクを持ち、進行を続ける。
「産んでくれて、育ててくれてありがとう」
 花嫁は一呼吸置き、カメラに背を向け、両親へと歩き出す。
ピンク色のガーベラのブーケを胸に抱きしめ、
「すべての気持ちを込めてこの花を贈ります」
 純白のドレスが会場のスポットライトに反射している。
「お父さん、お母さん、本当にありがとう」
涙声と、拍手。父親は号泣し、母親は笑顔で花嫁を見ている。
ここまで、すべてが「完璧な結婚式の記録映像」だった。
──そこで映像が、突然揺れる。
ドォン──!
画面の奥から爆発音。
次の瞬間、外壁を破って黒い車体が突っ込んでくる。
カメラは倒れ、画面が斜めになり、床に落ちたレンズ越しに断片的な映像が映し出される。
白いドレスが赤に染まる。
ゲストの叫び声が、繰り返しマイクに拾われ、反響する。
床を転がるザクロのような赤黒いものが、ゆっくりこちらに転がってくる。
花嫁の喉から、「ヒッ……」という声が漏れる。
スマホを掲げる人々の手、割れたシャンデリア、ガラス片。
花嫁はドレスの裾を引き摺りながら後退し、血の海に足を取られる。
カップの底が抜けたような、形容できない喪失感。
「危ないですから下がってください!」
警備員が叫びながら走り込んでくるが、その声すら割れたスピーカーのノイズに似ている。
カメラは時折オートフォーカスを失い、ブレた映像に赤い跡を残す。
花嫁が倒れそうになった瞬間、健太が抱きしめるように支える。
その唇が触れるが、画面には血のついた頬と笑っていない目が映っている。
BGMはもう流れていない。
風の音と、誰かの嗚咽だけが記録されている。
──ここで映像は途切れる。

『June Bride』未編集素材 - 続き(詳細)
映像はブラックアウトしたまま、ざらついた環境音が十数秒続く。
ブツブツと電気的なノイズが走り、次第に画面が明るさを取り戻す。
[CAM-2 / 会場バルコニー監視映像]
撮影日時:式当日 13:42
画角はプールサイドを俯瞰する固定視点。
ガラス片が雨のように降り注ぎ、テーブルクロスや装飾が風に煽られたようにめくれ上がっている。
複数のゲストが散り散りに逃げ惑い、誰かがプールに転落したような大きな水音が入る。
フレーム左奥──純白のドレスをまとった花嫁が、崩れた床材に足を取られ転びそうになっている。
 その身体を抱きとめているのは新郎・健太のはずだった。
 だが、健太の顔はどのコマでも異様にブレている。
 静止画として一時停止しても、解像度が保てず、輪郭が溶けるように揺れている。
編集班のメモ:
「モーションブラーでは説明できない。シャッタースピードが適正なのに、“顔の部分だけ”が潰れている」
健太が花嫁を抱き寄せる動作は確かに確認できる。
だが腕の角度が奇妙だ。
肩から先が映像の外に伸びているかのように長く、フレームの縁に到達している。
次のフレームでは通常の位置に戻っているが、連続で再生すると不自然な“引き伸ばし”が見える。
「誰か!救急車!救急車!!」
複数のゲストの声が重なり、マイクに割れるほどの音量で収録される。
その声の主を探しても、口を開けて叫んでいる人物はどこにも見当たらない。
画面の中の人々は皆、無言のまま口を閉じて走っている。
フレーム右下。
床に何かが転がる。
血に濡れたような赤黒い塊。
拡大解析を試みるが、解像度が一定以上になると画像が乱れ、ザクロを潰したような模様に変わる。
人間の頭部に酷似しているとの見解もあれば、会場装飾の一部だと主張する者もいる。
映像は1分34秒で途切れる。
最後のコマでは、プールの水面に映り込んだ“もう一人の花嫁”の姿が確認されている。
その花嫁は、実体の彼女とは逆方向──カメラを真っ直ぐに見返していた。

[証言映像 / 花嫁の親友・麻衣]
(震えた声で)
「……最初は演出だと思ったんです。だって、みんなカメラを向けてて。スタッフも止めなかった。けど、花嫁さんのドレスが……赤くなっていくのを見て、本物だって分かって……」
 ──ここで麻衣は嗚咽し、インタビューは途切れる。

[CAM-3 / 会場ホール 正面]
司会者がマイクを握ったまま立ち尽くしている。
スピーカーからはハウリングが続き、会場全体に不快な高音が響く。
誰かが叫ぶたびに、その声が反響し、繰り返されて消えない。
映像の奥で、花嫁と健太が抱き合っている。
しかし健太の背中から、濃い影のようなものが漏れ出し、壁に吸い込まれていく。
ゲストは誰もそれに気づいていない。
カメラだけが、それを捉えている。

[証言映像 / 警備員A]
「……到着したとき、すでに式は中断されてました。会場内はパニックでしたけど、奇妙だったのは……」
(声が途切れ、編集の空白)
「……その時には“新郎の姿”は確認できませんでした。花嫁さんだけが、誰かに抱かれているように腕を伸ばして……でも、そこには誰もいなかったんです」

最後の映像は、ゲストのスマホから回収されたもの。
花嫁が血まみれのドレスで立ち尽くし、何かに唇を触れられているように顔を上げる。
彼女の瞳孔は開き、カメラに気づくと、わずかに笑った。
──そこで映像は強制的に停止される。

[注記]
回収された映像・音声の一部は加工痕が認められ、正確な記録かどうかは断定できない。
しかし、花嫁が現在どこにいるのかについては、いまだ回答が得られていない。
『June Bride』事件後取材記録
【証言記録01 / 花嫁の親友・麻衣】
取材日:8月2日
記録媒体:映像
「……あの時、確かに新郎はわたしの目の前にいました。けど、後から映像を見せられて……そこには花嫁しか映ってなかった。
私、ほんとに……幻覚でも見てたんですかね?」
(ここで麻衣は俯き、長い沈黙)
「……昨日から誰かがドアの前に立ってる音がするんです。のぞいても誰もいないのに。寝ると、耳元で……“まだ式は終わってない”って……」
※麻衣は取材後に失踪。自宅アパートからは白い花弁が散乱していた。

【証言記録02 / 司会者】
取材日:8月3日
記録媒体:音声
「爆発音がして、照明が全部落ちた時、マイクを離せなくなったんです。手が、まるで何かに固定されたみたいに……。
 ゲストの悲鳴がスピーカーから繰り返し流れて……あれは録音じゃない、目の前で叫んでる声だった。
 でも、同じ声が三回、四回、重なって聞こえたんです。誰一人、止まらなくて……」
(声が震える)
「正直に言います。……新婦の父親が泣いていたのも、あれ、多分……父親じゃなかった。
顔が……違った。目の奥が……黒く……」
※司会者は証言提出から三日後、ホテルの一室で自殺とされる。部屋には鏡という鏡がすべて布で覆われていた。

【証言記録03 / 警備員A】
取材日:8月4日
記録媒体:映像
「式場に入った瞬間、鳥肌が立ちました。人の叫び声は確かにしたんです。だけど……誰もいなかった。椅子は倒れてないし、食器も綺麗に並んだまま。
……床に血痕が点々と残ってて、その先に、花嫁がいた。
白いドレスのまま、こちらに背を向けて立っていたんです。
声をかけようとしたら、あの人、抱きしめられているみたいに肩を揺らしてて……。
でも、隣には誰もいなかった」
※証言提出から一週間後、警備員は行方不明。最後に残した携帯映像には、自宅の廊下に純白のドレスが写り込んでいた。

【証言記録04 / ゲスト男性(匿名希望)】
取材日:8月10日
記録媒体:音声
「言いたくない。……あれを思い出すと、今も耳に残ってる。
あの歌声……誰が歌ってたんだ? 『Happy wedding』の合唱が、ずっと、途切れずに……。
気づいたら、ゲストは半分も残ってなかった。振り向いたら、座ってたはずの人たちが、花瓶の影に立って、こっちを見てて……」
(声が小さくなる)
「俺の結婚式は……来月なんです。夢で何度も、花嫁がドレスでこっちに歩いてくる。顔は……全部、真っ赤で……」
※証言者は提出後に音信不通。残された自宅の留守番電話には「おめでとうございます」という声が延々と吹き込まれていた。

【補足】
これらの証言はすべて未編集映像として保管されているが、関係者は相次いで消息を絶っている。
現在も「花嫁本人」の所在は不明。4

『June Bride』事件後調査記録 – 第二部
【調査報告01 / 映像解析班メモ】
日付:8月11日
提出者:調査員K
式場内の監視カメラ映像を解析。
爆発直前のフレームを拡大したが、車体が突入する様子は確認できない。
ガラスが砕け散る動作はあるのに、衝突物が存在しない。
さらに、新婦を支える「新郎」の姿がフレームごとに異なる。
•カメラAでは顔がブレ、
•カメラBでは存在そのものが欠落し、
•カメラCでは背後に黒い影としてのみ映る。
※備考:映像を長時間視聴すると、編集班に頭痛・吐き気が発生。現在も分析続行困難。

【取材記録01 / 地元新聞記者・N】
(音声抜粋)
「式が行われたゲストハウスの前で取材をしていたんです。花嫁の母親にコメントをお願いしようとしたら……玄関のガラスに“指でなぞった跡”が残っていました。
『ありがとう』って日本語で。内側から。
 でも、その時、館内は完全に封鎖されていたはずなんです」
※記者Nは取材後に失踪。カメラだけが駐車場に放置されていた。最後の録画には、白いドレスを着た女が「撮らないで」と口の動きだけで訴える様子が映っていた。

【調査報告02 / オカルト研究家・Hの書簡】
宛先:某雑誌編集部
「花嫁と新郎の結婚式に“死者”が混じると、その婚姻は終わりなき式典へと変質する。
誰も退席できず、誰も祝福を止められない。
『June Bride』とは祝福の象徴ではなく、“六月に奪われる魂の儀式”だったのかもしれない」
※A氏はこの手紙を送った二日後、編集部との連絡が途絶えた。彼の自宅机には、ブーケに酷似したピンクのガーベラが一輪残されていた。

【取材記録02 / 花嫁の遠縁の親戚】
取材媒体:映像
「……テレビのニュースで“爆発事故”って言ってるけど、あれ、違うんでしょ?
(しばらく沈黙)
うちの娘が、毎晩同じ夢を見るんです。真っ白なドレスを着た女の人が、式場のバージンロードを歩いてきて、『次はあなた』って……。娘はまだ八歳なんです」
※この親戚一家も現在行方不明。最後に残された自宅のカレンダーには、娘の誕生日の日付に「式」と赤字で書き込まれていた。

【調査報告03 / 映像資料室管理記録】
保存されていた全データのうち、事件前後の映像ファイルのみが「再生不能」状態に陥っている。
ファイル名は勝手に「wedding」「congratulations」「forever」と書き換えられていた。
深夜、保管室に残っていた録画機材から勝手に起動音が鳴り、無人の会場を映した数分間の映像が追加保存されていた。
そこには、ドレスを引き摺りながら歩く花嫁の背中だけが記録されていた。

【総括メモ】
事件を追う関係者は次々に消息を絶っており、残された証言と映像はすべて断片的。
しかし共通するのは──
「花嫁はまだ式を続けている」
という点だった。
『June Bride』事件後調査記録 – 最終断片
【現地潜入映像 / テレビ局取材班】
日付:〇月〇日
提出者:報道ディレクターM
カメラは夜の式場跡を映す。
ゲストハウスは封鎖され、窓はすべて板で打ち付けられている。
しかし玄関だけが、まるで“歓迎”するように半開きになっていた。
マイクにノイズが混じる。
取材班3名はライトを持って中へ入る。

[00:03:21]
ホールの中は片付けられた形跡もなく、テーブルクロスがゆるく垂れ下がっている。
スポットライトは壊れているのに、バージンロードだけが薄い光を放っている。
白い花びらが、風もないのに舞っている。

[00:07:10]
スタッフCが突然立ち止まり、
「……聞こえませんか?」と囁く。
録音には確かに微かな声が混じる。
「Congratulations…」
英語の祝福の声が、反響して繰り返される。

[00:10:44]
カメラが揺れ、ズームが合う。
バージンロードの奥に、純白のドレス姿が立っている。
背を向け、ブーケを握ったまま微動だにしない。
スタッフAが震えた声で「花嫁さん……?」と呼びかける。
その瞬間、ドレスの裾が床を引き摺る音が、マイクに大きく入る。

[00:11:02]
花嫁がゆっくりと振り返る。
その顔は映像に強いノイズが走り、判別できない。
ただ、瞳だけがはっきりとカメラを見返している。
──真っ黒に、光を吸い込むような瞳。
「……来てくれてありがとう」
唇の動きが、そう語っている。

[00:11:20]
スタッフCが絶叫し、カメラが大きく揺れる。
レンズが天井を向いた瞬間、そこに逆さに吊られた数十人のゲストの影が映る。
彼らは笑顔で拍手を繰り返し続けている。
「収録止めろ! 今すぐ──!」
ディレクターMの声と同時に、映像は暗転。

【追記】
この映像は取材班の失踪後、式場玄関前に置かれたカメラから発見されたもの。
残された最後の数秒には、カメラの前にしゃがみ込む花嫁の姿が映っていた。
「次は、あなたの番ですよ」
という囁き声とともに。
『June Bride』事件後記録 – 招待状
【資料添付 / 式場データの最終ページ】
このファイルを開いた読者へ。
これ以降の記録は、公式アーカイブには存在しない。
調査員の一部が勝手に追加したものだとされる。

【静止画ファイル / Untitled.jpg】
白いガーベラの花束の写真。
花弁の先に赤い染みが滲んでいる。
拡大すると、花弁に小さな文字が浮かぶ。
──「Congratulations」

【音声ログ / last_wedding.wav】
再生すると、遠くで流れるオルガンの音。
「Happy Wedding」と囁く声が反響する。
10秒目で、はっきりと名前を呼ぶ声が入る。
(※調査員によると、聞く人によって呼ばれる名前が異なる)

【文章ファイル / invitation.txt】
あなたがこの記録を見たということは、
すでに“式”に招待されたということです。
バージンロードの先で花嫁は待っています。
あなたが来てくれるまで、彼女はずっと泣き続けています。
だから、どうか──式に遅れないでください。

【映像ファイル / wedding_final.mp4】
再生すると、黒い画面に白文字で「Next Bride」と表示される。
続いて、読者の画面に自分の現在時刻と日付が刻まれる。
(記録された映像のはずなのに、常に“今”の時間が映し出される)
最後に、純白のドレスを着た女がカメラへ近づき、画面いっぱいに微笑む。
彼女の口の動きはこう告げている。
──「お待ちしていました」

【最終注記】
このファイルを読んだ者の多くに、白い招待状が自宅ポストに届いたという報告がある。
差出人の欄は空白。
封を開けると、ただ一行──
「出席」か「欠席」かを選んでください。