【代償】
カイゼンミーティングが始まった。
服部の声は、まるで他人に操られているかのように低く響いた。
「議題は・・・人員整理です」

会議室に漂う黒い影たちが、ざわりと蠢く。
机に並ぶ社員たちの瞳は虚ろで、背中には赤黒い【契約済】の文字が燃えている。

服部の手の中のボールペンは、もはや光らなかった。
握る指先から滲むのは、粘つく黒いインクだけ。

・・・このままでは、俺も喰らう側に堕ちる。
心の奥でかすかに残った“自分”が叫んだ。

その瞬間、服部の脳裏に浮かんだのは、過去に辞めていった仲間たちの顔だった。
ソガも、イケダも、ナガセも……消えていった誰もが、かつては笑っていた。
会議室で馬鹿話をし、愚痴を言い合い、帰りの居酒屋で安い酒を飲んでいた。

「・・・俺は、喰らうためにここにいるんじゃない」
服部はゆっくりと立ち上がった。

影たちがざわめき、反町の影が背後から伸びてくる。
「抗うな・・・抗えば消える・・・」

服部は震える腕でボードマーカーを掲げ、最後の力でホワイトボードに文字を書き殴った。

【改善案0:全員、自由】

書き終えた瞬間、ボードマーカーの先から青白い閃光がほとばしり、会議室を満たしていた黒い影が一斉に断末魔の悲鳴を上げた。
社員たちの背中に刻まれた「契約済」の刻印が、煙のように剥がれ落ちていく。

しかし、その光は服部自身の胸をも焼いた。
彼の視界が白く霞み、心臓の鼓動が遠のいていく。

「・・・人間として・・・終われるなら、それでいい・・・」

最後にそう呟き、服部は机に突っ伏した。
彼の背中には、何も刻印されていなかった。


・・・数日後、服部の机は跡形もなく消えていた。
だが、不思議なことに社員たちは彼の名前を覚えていた。
「服部さんが救ってくれたんだ」
誰もがそう口にし、彼の存在だけは消されなかった。

会社という怪物はまだ息を潜めている。
けれど、一人の人間の抗いが、確かに歯車を狂わせたのだった。