以上、教師・川口が語った生徒・三郷ミカからの話を記載させていただきました。
音声データにはこの後の職員会議でのやり取りも録音されていました。最後に、その内容を録音のままに記載しておきます。
「……ちょっと信じられないお話ですね」
「はい……その時は、私も信じられませんでした」
「その話はその生徒の創作だったのではないですか?」
「私もその可能性は考えました。しかしミカの父親が亡くなったのは事実です。他の親族については調べたわけではありませんが……」
「父親が死んだことに何らかの理由を付けたかったのではないでしょうか。現実離れした理由ではありますが」
「そうかもしれません。しかし、そのミカ自身が、その後亡くなっているのです。それをどう説明すれば……」
「……話を戻しましょう。先生がご相談されたいのは、亡くなったミカさんの話の真偽ではなく、残ったミユさんについてですよね」
「……はい、そうです」
「ミユさんのことを思うと胸が痛みます。しかしミユさんは、現在は精神的にも安定していて、生活面でも学業面でも問題がないわけですよね」
「……はい、その通りです」
「では、川口先生はミユさんのどこに違和感を持っていらしゃるのですか?」
「……はっきりと申し上げます。今、私のクラスにいるのは、ミユではなくて、ミカなのではないかと思うのです」
「……どういうことですか?」
「私はミカとミユが入学してきた時からずっと二人を見てきました。最初の頃は、どちらがミカなのか、ミユなのか、まったくわかりませんでした。でも、一年半、二人を見ているうちに、私には二人の微妙な違いがわかるようになりました。どちらがミカなのか、ミユなのか……」
「……それで?」
「今、私のクラスにいるのは、私が見てきたミユではなくて、ミカなのです……」
「まさか……そんなこと……」
「いえ、そうとしか……」
「しかし……そんなことはありえないでしょう。川口先生の思い違いではありませんか? 川口先生こそ、ミカさんの話に暗示を掛けられているのではないですか?」
「そうかもしれません……でも、私だけではないのです。二人と仲の良かった他の生徒も言っています。あれは、ミユではなくミカなのではないかと……」
「もしそうだとすると、亡くなったのはミユさんで、今生きているのがミカさん、ということですか? 二人が取り違えられているということですか?」
「いえ……そういうことではなくて……」
「確かに二人は瓜二つだったかもしれません。しかしミユさん本人、それに二人の母親が間違えるはずありません。川口先生よりずっとよくわかっているはずです。ミカさんが亡くなった時の状況は知りませんが、その二人が、亡くなったのはミカさんだと言っているわけですよね」
「……ベッドで就寝したまま亡くなっていて……朝になってわかったということですが……」
「ミユさんと母親が見ているわけですよね。それなら間違いないのではないですか? 仮に違っていたとしたら……そんなことはあり得ないと思いますが……ミカさんが今、ミユさん成りすましている、そういうことですか?」
「……」
「もしそうなら、それはもう、学校ではなく警察が対応すべきことですよ」
「……」
「母親にはすぐにわかるはずですよね? それとも母親も共犯だと言いたいのですか?」
「……実は私、お母さんに電話したんです。どうしても気になって……ミユさんに変わったところはありませんか、という聞き方で……」
「それで?」
「変わったことはないとおっしゃっていました……でも……その、お母さんも、変なんです」
「と言うと?」
「私は一年から担任ですから、お母さんとも何度かお話したことがあります。お母さんは、明るくて、活発な人でした……それが、無口で、話し方にも元気がなくて……」
「ご主人と、お嬢さんの一人を亡くしているのですよ。変わってしまったとしてもやむを得ないでしょう」
「でも……その……言葉に、東北弁が混じっていて……」
「どういうことですか?」
「その……私が話した相手は、お母さんではなくて、亡くなった、ウタさんなのではないかと……」
「まさか川口先生は、ミカさんのお話を信じているわけではないでしょうね」
「……」
「では、ミユさんにも亡くなったミカさんが乗り移っている、そう思っているのですか?」
「……」
「そんなこと、あるわけないでしょう!」
「……私、ミカに言われました。ミユを守ってと……私から、ミユを守ってと……私は……その約束を守れなかった……」
「何を言っているんですか? 川口先生、大丈夫ですか?」
「……私は、ミユさんを守れなかったんです。守って……やれなかった……」
「しっかりしてください。ですから、ミユさんは今、何事もなく学校生活を送っているのでしょ?」
「いえ……あれはミユではなくて、ミカなんです……そのミカも、変わってしまった……今のミカは、あの時のミカじゃないんです……」
「何を言っているんですか?」
「私、ミユ……いえ、ミカに訊いたんです」
「あなたは本当にミユさんですか、とでも?」
「いえ……そんなこと訊けません。でも、一つだけ、勇気を出して、訊いてみたんです」
「……何を訊いたんですか?」
「あの時、『私が先』て言ったこと、後悔してない? そう訊きました」
「……それで?」
「ミカはこう答えました。
『後悔はしてません。だって、先に行ったから、私は今、こうしてここにいられるんですから』」
「……」
「それからミカは、こう続けました。
『先生だって、真っ暗な洞窟の奥の冷たい水の中に、いつまでもいたくはないでしょ?』」
録音はここまででした。
従ってこの後会議でどのような議論が交わされたのか、三郷ミユおよび教師の川口にどのような対応がなされたのかは、わかりません。
音声データにはこの後の職員会議でのやり取りも録音されていました。最後に、その内容を録音のままに記載しておきます。
「……ちょっと信じられないお話ですね」
「はい……その時は、私も信じられませんでした」
「その話はその生徒の創作だったのではないですか?」
「私もその可能性は考えました。しかしミカの父親が亡くなったのは事実です。他の親族については調べたわけではありませんが……」
「父親が死んだことに何らかの理由を付けたかったのではないでしょうか。現実離れした理由ではありますが」
「そうかもしれません。しかし、そのミカ自身が、その後亡くなっているのです。それをどう説明すれば……」
「……話を戻しましょう。先生がご相談されたいのは、亡くなったミカさんの話の真偽ではなく、残ったミユさんについてですよね」
「……はい、そうです」
「ミユさんのことを思うと胸が痛みます。しかしミユさんは、現在は精神的にも安定していて、生活面でも学業面でも問題がないわけですよね」
「……はい、その通りです」
「では、川口先生はミユさんのどこに違和感を持っていらしゃるのですか?」
「……はっきりと申し上げます。今、私のクラスにいるのは、ミユではなくて、ミカなのではないかと思うのです」
「……どういうことですか?」
「私はミカとミユが入学してきた時からずっと二人を見てきました。最初の頃は、どちらがミカなのか、ミユなのか、まったくわかりませんでした。でも、一年半、二人を見ているうちに、私には二人の微妙な違いがわかるようになりました。どちらがミカなのか、ミユなのか……」
「……それで?」
「今、私のクラスにいるのは、私が見てきたミユではなくて、ミカなのです……」
「まさか……そんなこと……」
「いえ、そうとしか……」
「しかし……そんなことはありえないでしょう。川口先生の思い違いではありませんか? 川口先生こそ、ミカさんの話に暗示を掛けられているのではないですか?」
「そうかもしれません……でも、私だけではないのです。二人と仲の良かった他の生徒も言っています。あれは、ミユではなくミカなのではないかと……」
「もしそうだとすると、亡くなったのはミユさんで、今生きているのがミカさん、ということですか? 二人が取り違えられているということですか?」
「いえ……そういうことではなくて……」
「確かに二人は瓜二つだったかもしれません。しかしミユさん本人、それに二人の母親が間違えるはずありません。川口先生よりずっとよくわかっているはずです。ミカさんが亡くなった時の状況は知りませんが、その二人が、亡くなったのはミカさんだと言っているわけですよね」
「……ベッドで就寝したまま亡くなっていて……朝になってわかったということですが……」
「ミユさんと母親が見ているわけですよね。それなら間違いないのではないですか? 仮に違っていたとしたら……そんなことはあり得ないと思いますが……ミカさんが今、ミユさん成りすましている、そういうことですか?」
「……」
「もしそうなら、それはもう、学校ではなく警察が対応すべきことですよ」
「……」
「母親にはすぐにわかるはずですよね? それとも母親も共犯だと言いたいのですか?」
「……実は私、お母さんに電話したんです。どうしても気になって……ミユさんに変わったところはありませんか、という聞き方で……」
「それで?」
「変わったことはないとおっしゃっていました……でも……その、お母さんも、変なんです」
「と言うと?」
「私は一年から担任ですから、お母さんとも何度かお話したことがあります。お母さんは、明るくて、活発な人でした……それが、無口で、話し方にも元気がなくて……」
「ご主人と、お嬢さんの一人を亡くしているのですよ。変わってしまったとしてもやむを得ないでしょう」
「でも……その……言葉に、東北弁が混じっていて……」
「どういうことですか?」
「その……私が話した相手は、お母さんではなくて、亡くなった、ウタさんなのではないかと……」
「まさか川口先生は、ミカさんのお話を信じているわけではないでしょうね」
「……」
「では、ミユさんにも亡くなったミカさんが乗り移っている、そう思っているのですか?」
「……」
「そんなこと、あるわけないでしょう!」
「……私、ミカに言われました。ミユを守ってと……私から、ミユを守ってと……私は……その約束を守れなかった……」
「何を言っているんですか? 川口先生、大丈夫ですか?」
「……私は、ミユさんを守れなかったんです。守って……やれなかった……」
「しっかりしてください。ですから、ミユさんは今、何事もなく学校生活を送っているのでしょ?」
「いえ……あれはミユではなくて、ミカなんです……そのミカも、変わってしまった……今のミカは、あの時のミカじゃないんです……」
「何を言っているんですか?」
「私、ミユ……いえ、ミカに訊いたんです」
「あなたは本当にミユさんですか、とでも?」
「いえ……そんなこと訊けません。でも、一つだけ、勇気を出して、訊いてみたんです」
「……何を訊いたんですか?」
「あの時、『私が先』て言ったこと、後悔してない? そう訊きました」
「……それで?」
「ミカはこう答えました。
『後悔はしてません。だって、先に行ったから、私は今、こうしてここにいられるんですから』」
「……」
「それからミカは、こう続けました。
『先生だって、真っ暗な洞窟の奥の冷たい水の中に、いつまでもいたくはないでしょ?』」
録音はここまででした。
従ってこの後会議でどのような議論が交わされたのか、三郷ミユおよび教師の川口にどのような対応がなされたのかは、わかりません。
