セツの話を聞いて怖くなった二人は、その日のうちに逃げるようにして東京へ帰ったそうです。
その一週間後、二人の家に電話が入りました。
母親は仕事に出ていたのでミカが電話に出ました。
伯父のヨシノブからでした。
電話の向こうで、ヨシノブが言ったそうです。
「カズが……カズが変わってしまった……カズが、カズでなくなってしまった……」
その翌日、母親のもとに、今度は伯母のウタから連絡が入りました。
ヨシノブとカズ、それにセツの三人が亡くなったということでした。
三人の乗った車が湖に飛び込んだのだそうです。
ミカとミユが連れて行ってもらったあの湖です。
運転していたのはヨシノブでした。
事故だったのか、あるいは自害、無理心中だったのかはわからないとのことでした。
ミカとミユの両親はまた狭山家へ向かいました。
今度はミカとミユは家に残りました。
四日後、三人の葬儀が終わった翌日のことです。
母親から連絡が入りました。
伯母のウタが亡くなったとのことでした。心筋梗塞でした。
葬儀は行われず、お寺で供養された後に埋葬されたそうです。
ウタが埋葬された、その夜。
二人だけで家にいたミカとミユは、自分たちの部屋で寝ていました。
二人の部屋は家の二階にありました。
それまでは、二人は二段ベッドの上下で寝ていたのですが、あれ以来同じベッドで寄り添って寝ていたそうです。
部屋の窓の外から、声が聞こえてきました。
「……ウタです……入れてください……ウタです……」
二人は震えあがりました。
「……マイさん……入れてください……マイさん……」
母親のマイに呼び掛ける声でした。
勇気を振り絞って、ミカは叫んだそうです。
「お母さんはここにはいません! ウタさんの家に行ってます!」
すると、その声は止んだそうです。
ミカはすぐに自分のスマホで母親のマイに電話しました。
何回かの呼び出し音の後、母親が出てくれました。
「お母さん? 大丈夫?」
「……さすがに疲れたけど……大丈夫よ」
母親はそう答えました。眠そうではありましたが、大丈夫そうでした。
ミカは言いました。
「ウタおばさんが来ても、絶対に家に入れちゃだめだよ!!」
母親は、不思議そうに言いました。
「何を言ってるの? ウタ姉さんは、もう亡くなって……」
「そうだけど……」
母親には説明できませんでした。
「明日には帰るから……おやすみ」
そう言って、母親は電話を切ったそうです。
それから二人は、一睡もできないままその夜を過ごしました。
次の日の夕方、母親は帰宅しました。
父親は家には寄らず、そのまま大阪へ帰ったとのことでした。
母親は疲れ切った様子ではありましたが、その時にはまだ異変はなかったそうです。
母親は夫婦の寝室で一人で就寝しました。
次の日、母親はなかなか起きて来ませんでした。
昼過ぎになって、心配したミカとミユが寝室に入ってみると、母親はまだベッドの中にいました。
ミカが揺り起こすとようやくベッドから出てきましたが、ボウとした様子で着替えようともしません。それまでは仕事で疲れていてもテキパキと家事をこなしていたそうですが。
二人は、心身の疲労が回復しないのだろうと思い、そのまま母親を休ませました。
しかし、二日たっても、三日たっても母親の様子は変わりませんでした。
家事をしようとしません。ほとんど口も聞きません。スマホも見ようとしません。
二人は、母親のスマホを開けてみました。
母親の勤務先からの電話とメールがありました。何度も。何通も。
母親は、出勤予定日になっても、会社に連絡をしないまま欠勤していたのです。
「お母さん、会社に連絡しないと……」
ミカが母親に言うと、母親は、
「会社? なんのこと?」
と言ってミカを睨みつけたそうです。
その目を見て、ミカは思いました。
お母さんじゃない。あの目は、ウタおばさん……
ミカとミユはすぐに父親に連絡して、父親のいる大阪へ向かいました。
仕事が終わり、会社から出て来た父親に事の成り行きを話しました。
父親は、会社を休んで母親の様子を見に行くと言ってくれました。
ミカとミユは大阪市内のホテルに泊まりました。
翌日、三人は東京へ戻りました。
家の近くに二人を待たせて、父親は一人で母親のいる家に入って行きました。
しばらくして、父親が家から出てきました。
父親は言いました。
「お前たちの言う通りだ。あれは、マイじゃない……」
三人はそれから狭山家のある集落へ向かいました。
翌日、三人は狭山家の近くのお寺を訪れました。
ミカとミユの祖母ナオ、曾祖母のセツ、そしてヨシノブ、カズ夫妻の葬儀をしてもらったお寺です。
父親は住職に事情を話しました。
住職はすぐにお清めの準備をしてくれました。
そしてミカたち三人とともにあの洞窟へ向かいました。
住職は洞窟の鉄格子の前でお経を唱え、丁寧にお清めをしてくれました。
その日、三人はお寺に泊めてもらうことになりました。
すぐそばにお墓があるのは気持ちいいものではありませんでしたが、それでもお寺にいれば安心できるだろうと思いました。
その夜、ミカは夢を見ました。
ミカの父親が、あの洞窟の鉄格子の前に立っていました。
鉄格子の向こう、洞窟の中に、女の子、いつかミカとミユが出会った、五、六歳くらいの女の子が立っていました。
女の子が言いました。
「お父ちゃん……あんたは、あたいのお父ちゃんなの……」
父親が答えました。
「私はあなたの父ではない……」
女の子は父親の声が聞こえていないかのように続けました。
「お父ちゃん……どうしてあたいを殺そうとしたの……あれからあたいは、暗い洞窟の奥の、冷たい水の中で、すっと泣いていたんだよ……お父ちゃん……どうして……どうして……」
父親が繰り返しました。
「私はあなたの父ではない……私はミカとミユの父、そしてマイの夫だ」
女の子がつぶやきました。
「……お父ちゃんじゃない……」
父親が続けました。
「そうだ。私はあなたの父ではない。マイを、私の妻のマイ返してくれ。ミカとミユにも災いを及ぼさないでくれ。どうか、お願いだ」
すると、女の子がつぶやくように言いました。
「マイの……夫……あたいには、夫がいない……あたいは、お嫁にも行けなかった……」
父親は続けました。
「どうか、マイを返してくれ」
すると、女の子はこう言いました。
「……あなたが夫になってくれたら……あたいの、夫になってくれたら……」
父親は、答えられませんでした。
そこで目が覚めました。
起き上がると、隣に寝ていたはずの父親の姿が見えませんでした。
マイはすぐに住職を呼び、父親を捜してもらいました。
父親は、あの洞窟の鉄格子の前で倒れていました。
そこで、亡くなっていました。
マイとミユは二人で東京へ戻りました。
家に入ると、リビングで母親が倒れていました。
すぐに救急車を呼びました。
母親は無事でした。
意識を取り戻した母親は以前の母親に戻っていました。
しかし実家から帰ってから後のことはまったく覚えていませんでした。
そして……自分の夫が死んだことを知りました。
あれから一年がたちました。
二人は二年生になりました。二人はまた同じクラスになりました。そして私がまた二人の担任になりました。
あんなことがあったにもかかわらず、二人の様子は依然と変わりませんでした。
二人は平穏な学園生活を送っていました。
夫の死に大きなショックを受けていた母親も今は立ち直っています。
あのことを機に仕事は辞めてしまったそうですが、夫の生命保険金が支払わられ、夫の会社からも臨時退職金が支給されたそうです。
そのため生活費はもちろん、ミカとミユの学費にも困ることはなく過ごすことができているそうです。
ところが……今年の夏休み開け。
ミカはまた夢を見たそうです。父親の夢です。
夢の中で父親が言ったそうです。
「ミカ……すまない……私には……私の力では抑えきれない……ミカ……すまない……」
その翌日、ミカはまた夢を見ました。
ミカとミユが出会った、あの女の子の夢です。
二人で洞窟へ行った帰り道、あの女の子とすれ違った時の夢です。
女の子は言いました。
「……どっちが先?」
ミカは答えました。あの日と同じように。
「……私……私が先」
それだけの夢だったそうです。
目が覚めてすぐ、ミカは、ミユに言いました。
「ミユ、いい? もし私が死んで、私の霊がミユのことを呼びに来ても、絶対に中に入れちゃだめだよ……絶対に……わかった?」
ミユは黙ってうなずいていたそうです。
そして、それからミカは私にこう言いました。
「先生、私にもしものことがあったら、その時はミユのことを守ってあげてください」
私は言いました。
「守るって、いったい……」
「私から、ミユを守ってあげてください」
以上が、亡くなる直前、私がミカから聞いた話です……
その一週間後、二人の家に電話が入りました。
母親は仕事に出ていたのでミカが電話に出ました。
伯父のヨシノブからでした。
電話の向こうで、ヨシノブが言ったそうです。
「カズが……カズが変わってしまった……カズが、カズでなくなってしまった……」
その翌日、母親のもとに、今度は伯母のウタから連絡が入りました。
ヨシノブとカズ、それにセツの三人が亡くなったということでした。
三人の乗った車が湖に飛び込んだのだそうです。
ミカとミユが連れて行ってもらったあの湖です。
運転していたのはヨシノブでした。
事故だったのか、あるいは自害、無理心中だったのかはわからないとのことでした。
ミカとミユの両親はまた狭山家へ向かいました。
今度はミカとミユは家に残りました。
四日後、三人の葬儀が終わった翌日のことです。
母親から連絡が入りました。
伯母のウタが亡くなったとのことでした。心筋梗塞でした。
葬儀は行われず、お寺で供養された後に埋葬されたそうです。
ウタが埋葬された、その夜。
二人だけで家にいたミカとミユは、自分たちの部屋で寝ていました。
二人の部屋は家の二階にありました。
それまでは、二人は二段ベッドの上下で寝ていたのですが、あれ以来同じベッドで寄り添って寝ていたそうです。
部屋の窓の外から、声が聞こえてきました。
「……ウタです……入れてください……ウタです……」
二人は震えあがりました。
「……マイさん……入れてください……マイさん……」
母親のマイに呼び掛ける声でした。
勇気を振り絞って、ミカは叫んだそうです。
「お母さんはここにはいません! ウタさんの家に行ってます!」
すると、その声は止んだそうです。
ミカはすぐに自分のスマホで母親のマイに電話しました。
何回かの呼び出し音の後、母親が出てくれました。
「お母さん? 大丈夫?」
「……さすがに疲れたけど……大丈夫よ」
母親はそう答えました。眠そうではありましたが、大丈夫そうでした。
ミカは言いました。
「ウタおばさんが来ても、絶対に家に入れちゃだめだよ!!」
母親は、不思議そうに言いました。
「何を言ってるの? ウタ姉さんは、もう亡くなって……」
「そうだけど……」
母親には説明できませんでした。
「明日には帰るから……おやすみ」
そう言って、母親は電話を切ったそうです。
それから二人は、一睡もできないままその夜を過ごしました。
次の日の夕方、母親は帰宅しました。
父親は家には寄らず、そのまま大阪へ帰ったとのことでした。
母親は疲れ切った様子ではありましたが、その時にはまだ異変はなかったそうです。
母親は夫婦の寝室で一人で就寝しました。
次の日、母親はなかなか起きて来ませんでした。
昼過ぎになって、心配したミカとミユが寝室に入ってみると、母親はまだベッドの中にいました。
ミカが揺り起こすとようやくベッドから出てきましたが、ボウとした様子で着替えようともしません。それまでは仕事で疲れていてもテキパキと家事をこなしていたそうですが。
二人は、心身の疲労が回復しないのだろうと思い、そのまま母親を休ませました。
しかし、二日たっても、三日たっても母親の様子は変わりませんでした。
家事をしようとしません。ほとんど口も聞きません。スマホも見ようとしません。
二人は、母親のスマホを開けてみました。
母親の勤務先からの電話とメールがありました。何度も。何通も。
母親は、出勤予定日になっても、会社に連絡をしないまま欠勤していたのです。
「お母さん、会社に連絡しないと……」
ミカが母親に言うと、母親は、
「会社? なんのこと?」
と言ってミカを睨みつけたそうです。
その目を見て、ミカは思いました。
お母さんじゃない。あの目は、ウタおばさん……
ミカとミユはすぐに父親に連絡して、父親のいる大阪へ向かいました。
仕事が終わり、会社から出て来た父親に事の成り行きを話しました。
父親は、会社を休んで母親の様子を見に行くと言ってくれました。
ミカとミユは大阪市内のホテルに泊まりました。
翌日、三人は東京へ戻りました。
家の近くに二人を待たせて、父親は一人で母親のいる家に入って行きました。
しばらくして、父親が家から出てきました。
父親は言いました。
「お前たちの言う通りだ。あれは、マイじゃない……」
三人はそれから狭山家のある集落へ向かいました。
翌日、三人は狭山家の近くのお寺を訪れました。
ミカとミユの祖母ナオ、曾祖母のセツ、そしてヨシノブ、カズ夫妻の葬儀をしてもらったお寺です。
父親は住職に事情を話しました。
住職はすぐにお清めの準備をしてくれました。
そしてミカたち三人とともにあの洞窟へ向かいました。
住職は洞窟の鉄格子の前でお経を唱え、丁寧にお清めをしてくれました。
その日、三人はお寺に泊めてもらうことになりました。
すぐそばにお墓があるのは気持ちいいものではありませんでしたが、それでもお寺にいれば安心できるだろうと思いました。
その夜、ミカは夢を見ました。
ミカの父親が、あの洞窟の鉄格子の前に立っていました。
鉄格子の向こう、洞窟の中に、女の子、いつかミカとミユが出会った、五、六歳くらいの女の子が立っていました。
女の子が言いました。
「お父ちゃん……あんたは、あたいのお父ちゃんなの……」
父親が答えました。
「私はあなたの父ではない……」
女の子は父親の声が聞こえていないかのように続けました。
「お父ちゃん……どうしてあたいを殺そうとしたの……あれからあたいは、暗い洞窟の奥の、冷たい水の中で、すっと泣いていたんだよ……お父ちゃん……どうして……どうして……」
父親が繰り返しました。
「私はあなたの父ではない……私はミカとミユの父、そしてマイの夫だ」
女の子がつぶやきました。
「……お父ちゃんじゃない……」
父親が続けました。
「そうだ。私はあなたの父ではない。マイを、私の妻のマイ返してくれ。ミカとミユにも災いを及ぼさないでくれ。どうか、お願いだ」
すると、女の子がつぶやくように言いました。
「マイの……夫……あたいには、夫がいない……あたいは、お嫁にも行けなかった……」
父親は続けました。
「どうか、マイを返してくれ」
すると、女の子はこう言いました。
「……あなたが夫になってくれたら……あたいの、夫になってくれたら……」
父親は、答えられませんでした。
そこで目が覚めました。
起き上がると、隣に寝ていたはずの父親の姿が見えませんでした。
マイはすぐに住職を呼び、父親を捜してもらいました。
父親は、あの洞窟の鉄格子の前で倒れていました。
そこで、亡くなっていました。
マイとミユは二人で東京へ戻りました。
家に入ると、リビングで母親が倒れていました。
すぐに救急車を呼びました。
母親は無事でした。
意識を取り戻した母親は以前の母親に戻っていました。
しかし実家から帰ってから後のことはまったく覚えていませんでした。
そして……自分の夫が死んだことを知りました。
あれから一年がたちました。
二人は二年生になりました。二人はまた同じクラスになりました。そして私がまた二人の担任になりました。
あんなことがあったにもかかわらず、二人の様子は依然と変わりませんでした。
二人は平穏な学園生活を送っていました。
夫の死に大きなショックを受けていた母親も今は立ち直っています。
あのことを機に仕事は辞めてしまったそうですが、夫の生命保険金が支払わられ、夫の会社からも臨時退職金が支給されたそうです。
そのため生活費はもちろん、ミカとミユの学費にも困ることはなく過ごすことができているそうです。
ところが……今年の夏休み開け。
ミカはまた夢を見たそうです。父親の夢です。
夢の中で父親が言ったそうです。
「ミカ……すまない……私には……私の力では抑えきれない……ミカ……すまない……」
その翌日、ミカはまた夢を見ました。
ミカとミユが出会った、あの女の子の夢です。
二人で洞窟へ行った帰り道、あの女の子とすれ違った時の夢です。
女の子は言いました。
「……どっちが先?」
ミカは答えました。あの日と同じように。
「……私……私が先」
それだけの夢だったそうです。
目が覚めてすぐ、ミカは、ミユに言いました。
「ミユ、いい? もし私が死んで、私の霊がミユのことを呼びに来ても、絶対に中に入れちゃだめだよ……絶対に……わかった?」
ミユは黙ってうなずいていたそうです。
そして、それからミカは私にこう言いました。
「先生、私にもしものことがあったら、その時はミユのことを守ってあげてください」
私は言いました。
「守るって、いったい……」
「私から、ミユを守ってあげてください」
以上が、亡くなる直前、私がミカから聞いた話です……
