ここで語られたセツの話については、話し手、聞き手が二重となるため筆者にてセツに代わってその内容を記述します。


 その昔、狭山家の先祖は、山合に拓いた畑で採れる作物を頼りにして細々と暮らしていたそうです。まだ「狭山」という姓も持っていなかった頃です。
 ある年、冷害で作物がまったく取れないということがあったそうです。正確な年は不明ですが、江戸時代の中期、おそらく三百年程前のことだと思われます。
 食べる物がない。ならば、家族を減らす。そういう選択をせざるを得ない状況でした。
 かつて、「口減らし」、あるいは「間引き」という風習があったのをご存じでしょうか。
 極めて短絡的な方法で、家族の数を減らす、ということです。

 その時、家には何人かの子供がいました。
 男の子は将来の労働力として必要です。女の子が、その対象となりました。
 家には六歳になったばかりの双子の姉妹がいそうです。その二人が「間引き」されることになりました。
 母親は、どうか止めてほしい、二人を生かしてほしい、家長にそう懇願しました。
 その結果、二人のうち一人だけ残すということとなりました。
 では、姉妹のうちどちらを残すのか。

 その日、二人はあの洞窟の前に連れて来られたそうです。
 二人を連れて来た父親が洞窟の中に入りました。もちろんその頃には洞窟に鉄格子などなく、ずっと奥まで入ることができました。
 父親は洞窟の中から二人を呼びました。二人は怖がって入ろうとしません。
 父親はこう言いました。
「先に入って来た方に、褒美をやるぞ」
 それを聞いて、二人のうちの一人が洞窟の中に入りました。
 父親はその子を抱きかかえ、洞窟の奥まで走りました。
 洞窟の奥には地下の水路に繋がる縦穴がありました。
 父親は、その子をそのまま縦穴の中に投げ込みました。
 こうして、双子姉妹の一人が、「間引き」されたのです。

 その数日後、異変が起こりました。
 双子のもう一人の子、生かされた方の子が、死んだはずの子の名を名乗るようになったのです。
 そしてその振る舞い方も、死んだ子とそっくりになりました。
 家の者たちは、死んだ子の霊が乗り移った、死んだ子が生き残った子の身体を奪い取った、死んだ子の呪いに違いない、そう言って恐れました。
 その子の母親は、その子を抱いて川に飛び込みました。二人とも亡くなりました。
 結局、双子姉妹は二人とも死ぬこととなったのです。

 しかしその「呪い」はまだ終わりませんでした。
 双子姉妹には、男の兄弟もいました。その子が大きくなり、嫁を娶ると、また、双子の姉妹が生まれたのです。
 そしてその双子姉妹の片方は、六歳になる前に死んでしまいました。
 また、別の兄弟の嫁からも、双子の姉妹が生まれました。
 そしてその片方の子も六歳になる前に死んでしまいました。
 繰り返し、双子が生まれる。そしてその片方は必ず早逝してしまう。そういうことが続いたそうです。

 しかも、「呪い」はそれだけではありませんでした。
 双子姉妹の片方が死んだ後、必ず、生き残ったもう片方に死んだ子の霊が乗り移る、そうとしか思えないような言動をもう片方がするようになったのです。
「呪い」は二重にも、三重にも掛けられていたのです。

 そんなことが続いたため、死なせた子をきちんと供養しなければならない、そういうことになりました。
 なけなしの金銭を集め、大きなお寺の僧侶に供養を頼みました。
 僧侶はあの洞窟へ赴き、丁重に供養を施し、地下水路に繋がる縦穴の前に鎮魂のための石碑を立てました。
 家の者も、それからは毎日欠かさずその碑に供え物をするようになりました。
 それからは一家に双子が生まれることはなくなり、当然、幼子が亡くなるようなこともなくなったといいます。

 時代は流れました。
 第二次世界大戦が終わって間もない頃、あの洞窟に県の調査が入ったそうです。
 洞窟の中に立ち入るのは危険だということになり、洞窟の中ほどに鉄格子が設置されました。
 そのため、鎮魂の石碑の前まで行って供え物をすることができなくなってしまいました。
 その頃には家の者たちももう、あの「呪い」の話を信じていませんでした。
 ちょうどいい機会ということだったのでしょう、家の者たちは石碑に供え物をすることを辞めてしまいました。

 セツは二十歳の時に狭山家に嫁いで来ました。洞窟に鉄格子が嵌められ、石碑に供え物をすることがなくなってから五年後のことでした。
 セツはすぐに子供を産みました。
 双子の姉妹でした。ナオとカズです。
 二人を産んですぐ、セツは夫から狭山家に伝わる双子姉妹の話を聞きました。
 それからセツは毎日、洞窟の鉄格子の前まで行って供え物をするようになりました。
 ナオ、カズの二人が無事に育ちますように、災いがありませんようにと願いを込めて。
 その甲斐あってか、ナオ、カズの姉妹は大きな怪我や病気をすることなく成長しました。
 ナオは結婚し、子供を産みました。
 ウタとマイ。また、双子の姉妹でした。
 その二人も成長し、マイは結婚しました。
 そしてマイから産まれたのが、ミカ、ミユの姉妹です。

 一月前。
 再び、洞窟に県の調査が入りました。
 鉄格子が老朽化しているということで、新しい鉄格子が設置されることになりました。
 そして一週間前。
 洞窟に工事が入り、新しい鉄格子が設置されました。今度は、洞窟の入り口に。
 古い鉄格子は撤去されました。
 その際、その奥にあった石碑も壊されてしまったそうです。あの、鎮魂のための石碑です。
 故意であったのか、不可抗力であったのか不明だとういことでしたが、いずれにしろ、石碑はなくなってしまったのです。
 その直後、セツの双子の娘のうちの一人、ナオが、亡くなったのです。

 ここまで話してから、セツは独り言のように言ったそうです。
「悪いことが起こらなければいいと思っていたが……ナオの霊が……」
 それからセツは、ミカとミユに向かってこう言ったそうです。
「いいかい、死んだ者の霊が呼んでも、絶対に家の中に入れちゃだめだ。それが、生前どんなに親しかった人でも。もし入れてしまったら、その霊に自分の身体を乗っ取られてしまうから」

 以上がセツがミカとミユに語った話です。

 ここからは再び、教師の川口がミカから聞いた話をそのまま川口の言葉で記載します。