「乾杯!」
JR総武線千駄ヶ谷駅近くの居酒屋。コウヤ、ユキ、ケンスケ、アキラ。高校時代の仲間たちが、1年ぶりに集まった。仕事の話、恋の話、上司の愚痴。そしてガンダムの新作映画の話。笑いながら、少しずつ大人になった自分たちを確認するように。
「文化祭のあれ、今でも覚えてる?」ケンスケが言うと、ユキが笑った。「段ボールのガンダム、肩が崩れてたよね」「異常なほど暑かったしね、汗でふやけて。でもそれがウケていたよね、防御力低いって」アキラが言った。
コウヤは、静かにグラスを傾けた。ピロティの風。フェンスの向こう。踊る4人組。あの過去の“残響”は、今でも胸の奥に残っていた。

店を出ると、夜風が頬を撫でた。千駄ヶ谷駅へ向かう路地に、異様な熱気が漂っていた。
「なにかあったのか」
人混みが、東京体育館方面から溢れてきていた。セーラー服姿の若い女性。いや、セーラー服を着た中年男性もいた。ジャージ姿の人も多い。
「さすがにどこかの学校の行事…じゃないよね?なんかのコスプレイベントでもあった?」ユキが言うと、コウヤが幟を指さした。「HAMIDASH…?ヘイムダッシュ…?」
アキラが首を振りながら「HAMIDASHITEIKUだろ」
コウヤは照れくさく「そうか、ローマ字か。はみ出していく、というグループのコンサートかな」
だけれどもその幟に描かれたセーラー服姿の4人組のイラスト。左手を挙げ、斜めに立っているその4人。
コウヤは、その幟の向こうの群れの中の誰かが肩車をしているのが見えた気がした。髪を振り回す人。舌を出して笑う人。その動きが、あの20年前に見たピロティの4人組に重なった。
「…あれって」
誰も答えなかった。けれど、風が吹いた。あの日のピロティと同じ強い風が、千駄ヶ谷の首都高速4号新宿線沿いの道路を通り抜けた。
コウヤは、フェンスの向こうで聞いた言葉を思い出した。
「個性や自由ではみ出していく」
それは、誰かの青春の残響だった。そして今、目の前にあるこの東京体育館から発している熱気こそが、その“本体”だった。
「…未来だったんだな」
コウヤが呟いた。ユキが隣で、静かに頷いた。

誰も知らなかった。けれど、確かに知っていた。

(完)