1年生の時は卒なくこなせた。真面目にしてれば、誰にも迷惑かけないし、誰にも関わらなくて済む。
それがコウヤの信条だった。人見知りで、内気で、ひとりぼっち。教室では、誰とも目を合わせず、教科書を広げた机の上にだけ視線を落とした。
2年生になってまだ1週間しか経っていないコウヤは、今日もつつがなく学校生活を終えて下校しようとひとりピロティを横切ろうとした時だった。
ふと振り返りたくなったのだ。理由は分からないけれど、今日一日無風だったのに校庭から砂ぼこりが舞い上がるほどの強い風が吹いたからなのかもしれない。

翌日の昼休み。校舎の南側にあるピロティに行ってみた。コンクリートの柱が並ぶその空間は、地中の水道管工事のためフェンスで囲まれていた。黄色いテープが風に揺れている。「立入禁止」と書かれた看板が、少し傾いていた。
また昨日のような強い風が吹いた。コウヤの手元から、持っていた四字熟語の宿題のプリントがふわりと舞い上がった。紙はくるくると回りながら、フェンスの隙間を抜けて、ピロティの奥へと吸い込まれていった。
「…あ」しまった。どうしよう。
誰もいない。誰も見ていない。コウヤは、フェンスの隙間から中へと忍び込んだ。プリントを拾おうとした瞬間、空気が変わった。
風が止み、音が消えた。空間が“過去”の匂いに満ちた。それが昨日なのか、それとも1年前なのか、いやもっとずっと前の20年も前の過去なのか。分からないけれども、それは誰かの感情の残り香。
そして、そのピロティの奥に、4人の女子生徒が現れた。制服を着崩していない。ルーズソックスも履いていない。スカート丈も短くしていない。けれど、彼女たちはふざけていた。舌を出しながら、肩車をし、結んだ髪を振り回していた。踊っている。ダンスというより、感情の波動のような動き。そして歌っている。
近視のコウヤは、眼鏡をかけているのに、まるで外したような感覚に襲われた。彼女たちの顔がぼやけて見える。そのうちの一人も黒ぶち眼鏡をかけているようなのはかろうじて見て取れた気がする。近視のせいか、それとも、現実ではないからなのか。
彼女たちは、何も言わずに踊り歌い続けた。そして、消えかかる瞬間に、声が響いた。
「個性や」
「自由で」
「はみ出していく」
「はみ出していく」

その言葉は、コウヤはいつの間にか拾っていたプリントを握りしめたまま、しばらく動けなかった。

自分の個性とは何だろうか。その夜、コウヤはガンダムのプラモデルを机に並べた。誰にも言ったことのない、自分だけの“好き”を見つめながら。