「俺は東雲健太(しののめけんた)。こっちはハリーだ」

「キュキュ!」

「私はリリス。しののめ……そっちの世界の名前は長い」

「俺の世界だと一人一人が苗字を持っているんだよ、リリスさん。下の名前のケンタで大丈夫だ」

「私もリリスでいい」

 お互いに敵意がないこともわかったので、いったん小屋の外へ出てテーブルと椅子のある場所へ移動してきた。

 作っていた料理がとっくに冷めてしまっていたので、温め直しながらエルフの女の子に自己紹介をする。

「……なるほど、やっぱりあの結界は人や悪意のある魔物を寄せ付けない効果があったのか」

「結界に異常があって、急いでここまで来たらあなたたちがいた」

 バーベキューコンロで料理を温めている間に例の見えない壁のことを聞いてみたが、予想通りあの壁はこの小屋に人や魔物を近付けさせないためにリリスが魔法と魔道具という魔法の力を持った道具で作ったらしい。

 誰かが立ち入ると離れている場所でも感知できるらしく、この小屋まで急いで来たらしい。飛行機なんかもないだろうし、そこから急いでも結構な日数がかかったのだろう。いきなり俺たちの背後に気配もなく現れたのは空を駆けてきたらしい……。

 魔法とやらはそんなことまでできるなんてすごいな。俺も使えたりしないだろうか?

「次は私の番。ケンタの世界のことをいろいろと教えて」

「ああ、もちろんだ。その前に料理がちょうど温まったようだからな。食べながらにしよう」

「キュウ!」

 お互いの世界のことについて聞きたいことは山ほどあるが、まずは昼ご飯からだ。

 さっきと同じようにアルミホイルの包みを開けると、かぐわしいバターの香りが広がる。さっきお預けをくらったこともあって俺のお腹は限界である。

「うん。こいつはうまいぞ!」

「キュキュ~キュウ!」

 中はふっくらと蒸された魚、しんなりとした玉ねぎと異世界産のキノコが並び、バターが全体にとろけて醤油とあわさり香ばしい風味が引き立つ。ひとくち食べると、魚のやさしい旨みがじゅわっと広がって、野菜の甘みとバターのコクが舌の上でとろけるように調和する。

 普段は魚を使った料理なんてしないから新鮮な味だ。う~ん、やはりこの魚と野菜自体の味がとてもうまい気がする。前に食べたダナマベアの肉もかなりうまかったし、食材の味はこっちの世界の方がおいしいのかもしれない。

「……っ!? こんな味付けは初めて食べた! すごくおいしい!」

 どうやら異世界の人にもホイル焼きのおいしさは伝わるようでほっとした。まあ、この子の場合はだいぶお腹が空いていることもありそうだけれど。

 さすがにさっき俺たちが食べようとしていて、それを目の前で温め直しただけだから、警戒はせずに食べてくれたようだ。

「こっちの焼いた野菜もいろんな香辛料が掛けられていておいしい!」

「キュウ♪」

「うん、シンプルに串焼きにした野菜もうまいな。アウトドアスパイスの味がいい感じだ」

 ベリスタ村でもらった様々な野菜をバーベキュー串に刺してアウトドアスパイスをパラパラとかけてみたのだが、それだけでなかなかいけるな。

 アウトドアスパイスとは肉や魚、野菜などに幅広く使える万能スパイスだ。コショウ、ガーリック、コリアンダーなど、様々な香辛料が絶妙なバランスでブレンドされているらしい。アウトドアショップで見かけて気になったから買ってみた。

「やっぱりこの世界だと香辛料とかは貴重なのかな?」

「少なくとも日々の料理で使えるのは貴族くらい。こんな味の香辛料は初めて」

 ベリスタ村でも味付けはすべて塩だけだったからな。野菜の味自体は昨日十分に味わったのでアウトドアスパイスを使ってみたのだが正解だったようだ。

「……それにこんな紙のように薄い金属は初めて見た。ドワーフでもこんな加工ができるとは思えない」

「ああ、アルミホイルのことか」

 リリスはホイル焼きの包みであるアルミホイルに触れている。100均で購入してきたアルミホイルだけれど、確かに言われてみると金属をこんなに薄く加工するのはすごい技術だよな。

「おそらく技術的な面では俺の世界の方が進んでいるみたいかな?」

「それは間違いなさそう。こんなに軽くて折りたためる椅子も見たことがない」

 リリスの分の椅子はザイクが来た時用に結界の外に設置しておいた椅子をここまで持ってきた。アウトドア用の折りたたみの椅子もこっちの世界ではだいぶ進んだ技術のようだ。

「技術は進んでいるみたいだけれど、俺の世界には魔法がないんだよ」

「えっ! 魔法も魔道具もなしに生活しているの!?」

「ああ、そうなるな。魔道具ではないけれど、電気を使った機械というものは使っているけど」

「魔法がない世界なんて信じられない……」

 なぜか今までで一番ショックを受けているリリス。

 魔法使いにとって魔法や魔道具のない世界が信じられないのかもしれない。俺のほうこそ魔法のある世界なんて信じられなかったし、お互いにカルチャーショックはありそうだな。……国ではなく世界間の大規模なカルチャーショックだけど。