「もう書けたでしょ?」

 それにたいして僕はろくに何も考えずに軽々しく「何が?」と応えると、彼女は右手を僕に向かって伸ばした。
 その人差し指でさした先には、小脇に抱えていた僕の創作ノートがあった。
「え? あ、これ……?」
 僕は息を飲んだ。
 今ここで読ませるようせがまれても、絶対にそれを受け入れるわけにはいかない。
 あす未を想う言葉ばかりだが、書き殴った汚い字はもちろん、恨みがましく女々しい感情を吐露している部分も目に触れさせるわけにはいかなかった。

「えーと、えーと……」
 僕はしどろもどろになる。
 代わりに、何が書いてあるのか、まともに説明することすらできない。

 彼女も、あの約束を覚えていたのだろう。
 その顔が、ほのかに、いたずらっぽく笑っている。
「どこのページでもいいから、一番自信のあるところを読んでよ」

 背中に嫌な汗をかく。
 あれほど彼女と再会したら打ち明けると誓っていたのに、いざ本人を前にするとちゅうちょしてしまうのだった。
 そんな自分を嘲る自分も現れる。
 そうして自分の内外から掛けられる圧力に、胸が押しつぶされそうになった。
 今夜また東京へ戻ってしまうなら、ここで想いを打ち明けるのがベストと頭ではわかっているが、唇に細かい震えが走っていた。

 もう、昨日までの苦しい心持ちを繰り返すのは無理なんだろう? チャンスは今しかないんだろう?

 そう、必死で自分に問いかける。