僕は目の奥が開く思いがして、さっと立ち上がると衝動的に駆け出した。
 それがピアノの音のせいだとわかったのは、実はそのあとからで、それほどまでに僕の動きは反射的で本能的だった。

 階段を駆け登るにつれ、次第にその音の粒は輪郭を濃くした。
 やがてその部屋にたどり着くと、肩で息しながら拳を構えてノックする。

 が、扉の陰から現れたのは、羽鳥先生だった。
 驚きの表情の彼女に、僕はきまり悪くなって「あ、あの……」と口ごもり目を落とすと、先生はさらに扉を大きく開けて「ほら、入って」とささやいた。
 それから僕は確かに聞いたのだった。

「風間君よ、宮嶋さん」

 その言葉に僕は目を上げると、あのあす未がそこにいた。
 肩の下までまっすぐに伸びた髪が、彼女を幾分大人びたふうに見せていた。
 それもあって僕が、どう声を掛けたらよいものか迷っていると、彼女が先に口を開いた。

「あのときは、ほんとごめんね……」
 小さく消え入るような声がした。
 僕は、すぐに首を小さく振った。「いいんだよ、もうそのことは」