が、あす未はこの世で一人きりである。

 問題なのは、その彼女が今患っている重い病で命を失わないこと、さらに、他にも数あまたあるだろう男性との出会いに、彼女の中で僕が埋もれてしまわないこと。
 僕の憂いの種は、これらに尽きた。

 今彼女が通院に切り替わっていて、ピアノを弾ける生活に戻っていれば。
 とりあえずそう願った。

 一方で、いつのまにか自分が音楽準備室に足を運ぶことがなくなったことに気づいた。
 そしてそれは、彼女と出会ってから別れるまでのあいだよりも、別れてからの時間の方が長くなってしまったことが理由なのだと、僕は思った。
 創作ノートの方も、だんだんと新しい言葉や比喩表現が生み出せなくなり、ごくありきたりの使い古されたものしか書けなくなっていた。

 そうして自分もまた周りと同じように、彼女のいない日常に慣れてゆき、やがて自分の中からも彼女のことが溶けてなくなっていくのではないか。そのような恐れに僕はわなないた。
 が、それとともに、このまま胸に巣食っていた虚しささえも同じようになくなってしまえば、僕に喉元にあるつかえも消え、きっと楽になれることだろう。

 そうしてあす未を諦めてしまえば、彼女を愛する気持ちをもう二度と思い出すこともなくなりそうだ。
 僕はそう思った。