それでも彼女は僕と会っていたときから毎日は弾いてなかったはずである。
「それは、市医療センターの検査日だったのかもね」
 先生の見立てだと、たしかに符号する。
 そうすると、彼女はそのようなもどかしさの中で、なんとかその日その日の精魂尽くしてジムノペディのフレーズを紡いでいたにちがいない。

 あす未の内面にある焦りや嘆きを到底汲み取れなかった僕は、なんてのんきだったことだろう。
 それでいて、自分は彼女の何が救えると思っていたのだろうか。
 自らのおこがましさに辟易とする。

 それなら、彼女のために今僕にできることはなんだろうか。
 数日にわたって、僕はいつもの中庭の石段に座り、自分に問いかけた。
 ただ無事を祈ること以上に、彼女のためになることとは……。

 目を閉じて、耳を澄ませると彼女の訥々とした涼しい声が聞こえてくる。
 深く息をすると、彼女特有の果実香がする。
 そして、擦れ合った彼女の肌や髪をありありと思い出す。