僕がひと通り話したところで、彼女は切り出した。
「私はこういう話、聞いたことがあるんだよね」
 そういうとコーヒーを口につけて、ひと息入れた。

「そのときの自分にしか書けない言葉があるって」

 僕は、その意味を少し考えた。
 その様子を見て取ったのか、彼女は一旦そこで口をつぐんだ。
 それから、同じようなことをまたいった。

「昨日までの自分にも、明日の自分にも書けない言葉を今の自分にだけ書ける、そういう感覚よね。君の言ったことは、つまりそういう意味じゃないのかな?」
 彼女はそこで、にんまりとした。
「だから、そのページは、そのときそのときの自分にしか書けない言葉で詰まっているんだよ」

 その先生の言葉に僕がどれだけ救いを感じたか、ここで明らかにすることはできなかった。
 あす未への想い同様、心に沈めて隠し持ちたかったわけではない。
 まさに、言葉にならなかったのである。
 
 もう言われるまでもなかった。

 明日たとえ陳腐化するのだとわかっていても、今日、今ここで頭を、胸をよぎった美しいと感じた気持ちをそのまま言葉に置き換えられたなら、このノートに書き残す意味は充分にあるのだ。