言葉が出ない。
 とっさにはノートを手渡すのを断りたいのと、ノートに書いている苦しい思いについて実は誰か信用のできる人がいたら打ち明けたいのとが、僕の中でせめぎ合っていたのである。
 口ごもる僕を、先生はまっすぐに見つめていた。
 それがまた僕をどちらかへと追い込むようだった。

 しばらくそうしていて、僕はようやく思いついた言い訳を口にした。
「教室に置いてきたら、クラスの誰かに勝手に読まれるかとしれないので持ち歩いていただけで……」
 彼女はそれを疑う素振りを見せなかった。「ふうん、たしかにね」と言ったきりだった。

 あまりの執着のなさに拍子抜けした僕は言い足した。
「でも、そういうの書いていて困っていることがあるんです」

 結局僕が打ち明けたのは、ノートの内容つまりあす未への狂おしい想いではなく、心のままにそれ以上にないほど言葉を選んで書けたとしても、時間がたてば揮発したみたく味気なくなり、その意味さえ見失ってしまう、あのむなしさについてだった。

 先生は顎先に指をやって、僕のたどたどしく話すそれを興味深そうに聞いていた。