数ある生徒たちの中で、授業を受け持っていない一度会ったきりの僕のことを覚えてくれていたことは、素直にうれしいと思ったが、物憂げな心持ちは変わらなかった。
 それを見透かしたのだろう。
 彼女は、少し弱ったように薄い眉を浮かせてから、ため息をついたが、その口元は微笑みを浮かべていた。
「ま、いいわ。君、今日の放課後、音楽準備室に来られる?」

 そのときさせた彼女の香水か化粧か分からない、いかにも大人っぽいどこか威圧的な香りに感じて、僕はとまどいながらも首を縦に振るしかなかった。

 そして約束どおり、クラスの帰りの会が終わると、級友の誰にも呼び止められなかったことを幸いに例の場所へ向かった。

 今は衣替えの移行期間で、さっそく冬服をまとった学生ともすれ違った。
 あす未といたころはずっと互いに白い半袖のシャツだったから、その季節の完全なる終わりを告げられた気がしてしまい、ますます気分が落ち込んでくる。