やがて再生終了となった。
 彼女はおもむろにイヤフォンを外して、髪を左右に振った。
 いつものむっとした特有の匂いがする。
 彼女は、僕の広げた手のひらにイヤフォンを転がすようにして返した。
「ありがと」と短く言ったあと、彼女は静かに長いため息をついた。

「だけど、マイクとかスピーカーとかを間に通した音だよね? やっぱり、それはもう私の音じゃないのよ」
「え……?」
「ピアノと私が一体化した楽器から直に流れてきたものじゃないから」 

 なおも戸惑いを隠せない僕に、彼女はほのかな笑みを作った。
「ピアノと今このときの私の中から直接空気を介して鳴らす音。それが私という楽器、私のメロディなんだ」

 生音のことを言っているのだろうか。
 あす未は続けた。
「ユウシは本を読むし、何か書いたりもするよね。でも音は、文字のように残せないからね。鳴らしてもそのまま空に吸い込まれて消えていってしまうから……でも、口から出る言葉だってそうじゃない?」