僕はその細い肩の線に見入っていた。
 ゆっくりとしたメロディに合わせて、肩と背中までまっすぐに伸びた黒い髪が、やはり優しく揺れている。
 胸に染み入る音の粒たちに、目に映る光景がまるでしだいに傾く太陽のように色彩を変えていく。
 音楽室特有のほこりの混じった匂いが嗅覚をも支配し、さらに異世界にいなざう。

 僕は、そんなピアノがもたらした光と風の安らぎに身を委ねながら、足は固い根を張った雑草のように動けなくなってしまったのだった。
 
 やがて、彼女は弾くのをやめた。
 姿勢を正して鍵盤にあった両手を、そっと膝の上に置くのが見えた。
 それからひと息置いて音もなく立ち上がると、譜面をそろえて持ち、そのままこちらに振り向いた。
 僕は目が合って思わず、あっと言いかけるが、それを見た彼女が小さく「あっ」と声を上げたのが聞こえた。

 その目をそらすことができず、かといって何も言葉を掛けることもできず、いたたまれなくなった僕は、つい拍手したのだった。
 彼女は、あっけに取られた様子で、なおのこと僕に目を凝らす。

「あ、いや、いい曲だなって……」

 しどろもどろになる僕を彼女はなお立ち尽くしたままだった。

「えっと……その、聴くともなしにちょっと……」

 彼女のまっすぐで太めの眉が片方だけ吊り上がったのを見ると、僕の背中に汗がにじんだ。