あす未は、僕に迫れば何か聞かせてもらえると思ったのだろうが、まだ単語を連ねただけで文章として体をなしていないなら、やはり誰かにあてて見せるものではない。
 単に恥ずかしがっているだけではないことを説明すると、彼女は「約束していたことは忘れないで」とだけいった。

 いつかは彼女に、この胸にあるものを打ち明けなくてはならないのだから、それ自体は反故にする気はない。
 僕は、しっかりとうなづいてみせた。
 それが、今の自分に示せる彼女への唯一の想いだった。

 まだ陽が高いうちに、僕らは、また明日と言い合って別れた。
 その短いやり取りだけで僕の胸はいっぱいになった。
 このような毎日が本当に繰り返しやってくるなら、僕はこの夏のことをいつまでも忘れずに、これからの長い人生を生きていくことになるだろうと予感した。

 翌朝も同じように過ごした。
 そして、彼女のピアノを聴きながら、僕はノートにふと頭をよぎった言葉をそのまま書き込んだ。
 まさに至福の時間といってよかった。
 校舎内は空調が弱かった。
 僕らはすぐに手を休めて、それぞれに持ってきたぬるい茶を口にしては軽口をきいた。
 その額や頬がしたたる汗で光っていた。

 彼女はそれをどう思ったかは知らないが、僕はそのたわいのない時間にさえ、想いが深まるのをおぼえた。
 そのこみ上げてくる感情に言葉が追いつかない苛立ち、そして快楽と渇きに、僕は酔っていたのかもしれない。