ふと目を上げると、空の高いところで風が鳴り、それがまた僕の気分を舞い上がらせた。
 押し包む熱気とまばゆい光の下から校舎に入る。
 人気のないまっすぐの廊下は暗く沈み、その冷え冷えとした空気に、ほのかに鈍い痛みが胸を突いた。

 階段を昇りきり、角を曲がるともう、ピアノの軽やかな音だけがしていた。
 僕が顔をのぞかせると、それを感じ取ったのだろう。細い背中が動きをとめ、ゆっくりと音もなく振り向いた。
 
「あす未……いたんだ?」
 僕が眉を浮かせてみせると、彼女は小首をかしげた。
「うーん……家にいても他にやることないし」
「それは、僕もだよ」

 あす未は「ふうん」と相づちを打ちながら、僕の小脇に抱えているものを指さした。
「それは、なに?」
 僕は目を落とした。
「あ、これ?」
「まさか、宿題?」
「そんなわけないよな」

 思わず笑ってしまう。
 彼女もつられたのか、にやけた顔をした。
 二人で一緒に笑顔でいられる、この時間が僕にはとても愛おしく思えた。

「作品の構想メモや下書きをしているんだよ」
「へええー……!」彼女は、目が細いなりにぱちくりさせていた。「どんなの、書いてるの?」

 僕は口どもった。
 まだ大して何も書けていないし、これから彼女を想って書きつけようとしていたのである。