(これが恋というもの……?) 
 彼女を通して、僕は初めてそれを知りえたのだった。

 あす未への想いをひた隠しながらも、自分のことを彼女の心に植えつけるためには、果たしてどのような言葉を聞かせたらよいだろうか。

 これまで人の何倍も書物を読んできたことを自負していたのに、こんなときに限って気の利いた言葉が何ひとつ出てこないことに、僕は残念で情けなく思った。

 そうしているうちに終業式の日を迎え、学校は長い休みに入った。
 僕は、昼ご飯を気にする母親の声を背中で聞きながら、はっきりした返事もせずに自転車をまたいで学校へ向かった。

 強い風が吹いていた。
 ニュースで聞いた、季節外れの台風の影響があるのだろう。
 自転車を置き、僕はいつもの中庭の見える渡り廊下まで歩いた。
 そこで立ち止まると、ゆっくり深く息を吸うように耳を澄ましてみた。
 が、風の音に混じってきこえてきたのは、遠くの野球部の掛け声や金属バットの音だけであった。

 僕は、彼女のする微かな吐息を想うように、自分の息を殺してピアノの音がするのを待った。

 それからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。
 汗でノートがにじみ、文字が書けなくなったころ、ようやくそれが切れ切れの光の粒のように、頭の上の方から降りかかった。