○本殿、広間、午前中。
鶸(奉角祭まであと1週間だ)
枝蕊「お直しが済んだんだ」
鶸「神楽服!」
枝蕊から神楽服を受け取る。
枝蕊「早速着て舞ってみてくれ」
鶸「分かった」
神楽を舞う鶸。頬を赤らめる枝蕊。
舞終わる鶸と向き合う枝蕊。
枝蕊「舞はバッチリだな」
鶸「……うん!」
褒められて嬉しい鶸。
枝蕊「神楽服も様になってる」
鶸の脳裏に前回神楽を舞った桔梗の姿が浮かぶ
←憧れの神楽服を褒められ嬉しい鶸
鶸「あの、社のみんなにも見せてきていい?」
枝蕊「……それは見せびらかすものじゃない」
思ってもみなかった枝蕊の言葉にショックを受ける鶸。
枝蕊「神楽は神に捧げるもの。その神楽服もだ」
鶸「……ごめんなさい」
しゅんとして俯く鶸
鶸「着替えて、来るね」
パタパタと去る←賛成してもらえると思っていたがそうではないことにショックを受ける
枝蕊「……」(何でこんな言い方をっ)
※思いの外可愛かったのでみなへのやきもち
側で様子を見ていた静嵐
静嵐「枝蕊、褒めてあげるのも男の甲斐性だぞ」
静嵐から注意される
枝蕊「それは……っ」
静嵐「お前は生き神だが、私は枝蕊の養父でもあるんだ」
枝蕊「……」
何とも言えない表情をする枝蕊。

○境内、昼過ぎ
落ち込みながら落ち葉を掃く鶸
鶸(こうしていると少し落ち着く)
枝蕊との出会いを思い出す。
鶸(枝蕊と出会って私は社で巫女修行をすることになった)
幼い巫女服の鶸を歓迎する桔梗と静嵐、ツンとしつつも本当は鶸が気になって仕方がない枝蕊。
鶸(あの時から私にとっては社が居場所だった)
鶸「社のみんなは家族みたいな存在だった」
(なのに……どうして?)
枝蕊の言葉に困惑する。
美羽「見付けたわよ、鶸」
急に響く声。
鶸「……っ!」
現れる美羽。さらには匠海。
鶸「何で……っ」
美羽「まだ神楽を舞う気なの?みんな私が舞うべきと言っているわ」
鶸の手首を掴む美羽。
鶸「枝蕊はそんなこと言わない……!」
美羽「生意気よ!」
美羽のビンタが響く。
匠海「親父も美羽が神楽を舞うことに賛成している」
鶸(頭領まで!?)
目を見開く鶸。
匠海「神楽は辞退しろ」
美羽「そうよ!アンタみたいなアザ持ちは素直に私の召使いをやるのがお似合いよ!」
迫る美羽と匠海。腕を伸ばしてくる美羽を避けるように逃げ出す。
草むらの影で縮こまり涙を流す鶸。

○草むらの影
うずくまる鶸
枝蕊「見付けた」
見下ろす枝蕊
鶸「どうして」
枝蕊「鶸が隠れそうな場所くらい分かるよ」
鶸「……っ」←目元は潤んでいるが嬉しい
(昔みたいにまた見付けてくれた)
枝蕊「他の巫女から境内で美羽と匠海を見たと通報があった。何があった」
鶸「……神楽を、辞退しろって。鬼の頭領も美羽が舞うことを賛成してるって」
枝蕊「頭領が……?そんな馬鹿な」
意外そうな枝蕊。
枝蕊「頭領は社に借りがある。考えにくいな」
鶸「ハッタリってこと?」
枝蕊「ああ。可能性は高い」
枝蕊が神妙な表情で頷く。
枝蕊「それにその様子じゃ連れ戻そうとはしなかったんだろう?」
鶸「そう言えば……」(この前は無理矢理連れ戻そうとしたのに)
ハッとする鶸。
枝蕊「無理矢理連れ戻せない理由がある。例えば頭領の意思とは異なる……とかな」
鶸「だから私の辞退を望んだの?」
枝蕊「だろうな。それに……俺は鶸に神楽を舞って欲しい。その気持ちに変わりはない」
まっすぐに見つめる枝蕊。
枝蕊「……それに神楽服のこと、見せびらかすなと言ったのは」
すまなさそうな枝蕊。
枝蕊「少しだけ、独占したかっただけだ」
枝蕊、口に手を当てる。
枝蕊「悪かった」
鶸「そんなこと……っ。私も枝蕊の気持ち、考えてなかった」(枝蕊でもやきもちを妬くんだ)
微笑ましくなる鶸。
枝蕊「鶸は昔から優しいな」
鶸「それは……枝蕊も」
枝蕊「鶸のお陰だ。鶸がいるから俺は救われたんだ。だから鶸のために俺はありたい」
枝蕊の手が鶸の髪を撫でる。枝蕊の優しさに何かを決意する表情の鶸。
鶸(私も枝蕊のために……本当のことを隠したままじゃいけない)

○枝蕊の寝室、夜
鶸「あの、枝蕊。今いいかな」
枝蕊「鶸!?どうした」
枝蕊は驚きつつも座布団を出し、鶸を座らせる。
鶸「ずっと……言えなくて、ごめんなさい」
枝蕊「謝る前に理由を聞かせてくれ」
心配そうに鶸の顔を覗き込む枝蕊。
鶸「……神楽鈴のこと。失くしたんじゃないの」
枝蕊「……」
気が付いていた枝蕊は静かに見守る。
鶸「美羽に、盗られたの」
枝蕊「……そうか」(やはりな)
鶸「取り戻せなくてごめんなさい!」
枝蕊「大丈夫だ。むしろ鶸なりに取り戻そうと頑張ってくれたんだろう?」
鶸の努力を見抜いいてくれた枝蕊に鶸は目を潤ませる。
枝蕊「よく頑張ったな」
鶸の頭を撫でる枝蕊、泣き出す鶸を抱き締める。
枝蕊「心配せずともあるべき場所に戻ってくる」
(薬は用法を誤れば毒にもなる。それを思い知ることになる)
鶸に見えない位置でダークな表情を浮かべる枝蕊。

○1週間後、奉角祭、境内
鶸(あれは鬼の頭領だ)
鬼たちとやって来た貫禄ある鬼の男性、匠海と同じ白い角、淡い金の髪、赤い瞳。
頭領と目が合う。畏縮する鶸。しかし頭領はすぐに目をそらし受付に向かう。隣に立つ枝蕊。
枝蕊「大丈夫か。この神事は国の高官たちも参加する」
鶸「だ、大丈夫」
きゅっと枝蕊の袂を掴む。
鶸(枝蕊の顔に泥は塗れない。頑張らなきゃ)
「お祈りに行ってくる」
パタパタと駆けていく鶸を見守る枝蕊。
枝蕊「……」
(それにしても頭領め。鶸のことを睨んでやがった)
こめかみに怒りマークを浮かべて黙る枝蕊。

○祈りの岩場
清らかな水が湧き出る岩場。
鶸(神楽を舞う前のお祈り……手順通りにやらなくちゃ)
神楽鈴を手に目を閉じる鶸。
その時鶸に何者か(匠海)の腕が伸びる。

○境内、広間、神楽の舞台袖、陽が暮れる
※枝蕊サイド
祭り囃子が響く。
枝蕊「陽が落ちれば神楽の時間か」
(今日の神楽を終えれば俺は鶸と……)
桔梗「枝蕊さま!」
桔梗が慌てて駆けてくる。
桔梗「鶸ちゃんがなかなか戻ってこないから祈りの岩場を確認したら、これが……」
桔梗の手には壊れた古い神楽鈴。
陽が落ち、神楽の舞台に立ったのは鶸の神楽服を着た美羽。新しい神楽鈴を手に持ち優越ぎみに微笑む。
枝蕊「あいつ……っ」
怒りを滲ませる枝蕊。右角が黒々と完全に伸びきる。