○冒頭・前話回想
枝蕊と口付けをした
鶸は直前で目を瞑ってしまう
捧げられたのは優しい口付け
鶸「……っ!」
○和寝室、夢から覚める鶸
飛び起きる、唇を押さえ、頬があからむ鶸
鶸(ここは……)
キョロキョロ。
鶸「そうだ……社で生活することになったんだ」
昨日枝蕊に言われた時のことを思い出す。
鶸(もうあの家に戻らなくてすむ)
呼吸を落ち着けると寝室を出る。
桔梗「あら、おはよう。鶸ちゃん」
廊下に桔梗。
鶸「あの……枝蕊さ……枝蕊は」
桔梗「居間に」
鶸「私、また寝坊を」
桔梗「寝坊だなんて全然。枝蕊さまがお早いだけだから。それに年頃なんだから寝癖をつけたままでは」
桔梗の指が鶸の跳ねた寝癖を撫でる。
鶸「……っ!?」
頬が赤らむ。
○居間、朝
枝蕊「おはよう、鶸」
鶸「お、おはよう」(いつも通りだ)
脳裏に昨日の口付けが浮かぶ。
枝蕊「どうした?顔が真っ赤だぞ」
余裕たっぷりの顔。
鶸(どうしたって……枝蕊は昨日のこと)
さらに頬が赤くなる。
枝蕊「なんて、分かってるよ」
枝蕊が安心させるように笑み鶸は安心する
鶸(もう……っ。枝蕊ったら)
枝蕊「……そんなところもかわいいな」
ボソリと呟く。
鶸「今何か……」
鶸の耳には届いていない。
枝蕊「ナイショだ」
鶸「どうしても……だめ?」
枝蕊の顔を覗き込む鶸。
枝蕊「……っ」
息を呑む枝蕊。
枝蕊「ご飯が冷めるぞ」
鶸「……う、うん」(教えてくれない)
不満げな鶸。
しかしそんな2人を見て桔梗は愛おしそうに微笑む。
○本殿、大広間、神楽の稽古。午前中
神楽の練習をする鶸。
練習用の巫女服、古い神楽鈴
鶸(どうだったろうか)
枝蕊「基礎がしっかりできているから問題ない」
鶸「良かった」
ホッと胸を撫で下ろす。
枝蕊「もうすぐ奉角祭だ」
鶸「うん」(緊張するが望まれたのが何より嬉しい)
枝蕊「鶸の神楽を楽しみにしている」
鶸「私も……枝蕊のためにっ」
照れて口ごもる鶸。
枝蕊「ん?」
まるで全部聞きたいとばかりに首を傾げる。
鶸「も……もうっ」
枝蕊「ふふっ。分かってるよ」
やがて枝蕊が破顔。
枝蕊「それでも未来の夫としては聞きたいんだ」
鶸「……」
(そうだ、私は枝蕊の花嫁になる)
その事実を自覚して改めて照れたように微笑む。
○お稽古終わり、廊下
静嵐「素直になったじゃないか」
枝蕊「見てたのかよ」
顔を赤らめ反らす枝蕊。
静嵐「お前たちが子どもの頃から見守ってるからな」
枝蕊「それは……その」
静嵐「鶸ちゃんはいつもお前のために一生懸命だからな」
懐かしげな静嵐。
静嵐「近頃は大人びたように見えるし。花嫁衣装が楽しみだなあ」
枝蕊「いやおい、お父さんかっ」
静嵐「それでも悪くないが」
枝蕊「……」
静嵐の大人の余裕に不満げに口を尖らす枝蕊。
枝蕊「鶸の両親はお世辞にもその役目を果たしているとは言えない」
静嵐も顔を曇らせる。
枝蕊「本当ならもっと早く鶸を」
静嵐「生き神のお前とは違い花嫁ばかりは嫁げる年齢まで待たねばならない。生き神がその慣例を作ってはいけない」
枝蕊「分かってるつもりだ。だからここまで必死に待ったんだ」
俯き悔しげな枝蕊。
静嵐「お前はよく耐えた。だから必ず幸せにしてやりなさい」
枝蕊「当たり前だ」
決意を新たに鶸の元へと戻る枝蕊。
静嵐はそれを優しく見守る。
○奥殿、居間
枝蕊と鶸の前には神楽用の装束。
枝蕊「合わせてみてくれ。まだ調整もきく」
鶸「うん」
桔梗「枝蕊さま、そろそろお務めのお仕度を」
枝蕊「ちょっとくらいいいだろう?少し見たい」
桔梗「お務めなのですから」
ハッとする鶸。
鶸「お務めならがんばらないと!」
枝蕊「うう……」
枝蕊は仕方なしに向かう。
枝蕊(一番に見たかったが……)
何だか照れている顔。
○鶸、桔梗と
鶸に神楽の衣装を合わせる桔梗。
桔梗「少し動いてみて。気になるところは?」
鶸、腕を広げたり足ぶみをする。
鶸「大丈夫……だと思います」
(せっかく仕立ててもらったのに迷惑になるから)
足元を気にする鶸。桔梗はそれに気が付く。
桔梗「袴の裾を少し調整しましょうね」
鶸「けど……」
桔梗「殿方が女人に衣を贈ると言うことは愛の証なのよ」
鶸(愛……っ)
顔が赤らむ。
桔梗「だと言うのに身体に合っていない衣を贈ったとなれば殿方の面目も潰れてしまうのよ」
鶸「枝蕊の面目が……」(それはダメだ!)
虚をつかれる表情。そして首を横に振る。
桔梗「だから愛する殿方の面目のためにも、遠慮したらダメよ」
鶸(愛する……殿方)
桔梗「枝蕊さまが見たらきっと喜ぶから」
桔梗の笑顔。安心した鶸がポツリと漏らす。
鶸「喜んでもらえるでしょうか」
桔梗「当然よ。枝蕊さまは鶸ちゃんと一緒でとても幸せそうよ」
鶸「幸せ……」
桔梗「もちろん鶸ちゃんもよ」
鶸「私も……?」
驚く鶸。
桔梗「そうよ。だから晴れ舞台に向けてしっかりとおめかししましょう」
鶸(おめかし……)
その言葉に少し考え込む鶸。
○洗面所、夜。鶸、ひとりで
寝巻き、鏡に向かい合う。
鶸(アザのある私にはおしゃれやおめかしなんて無縁だと思ってた)
鶸「私、いつの間に笑えるようになっていたんだ」
鏡にはちょっと照れたように嬉しそうに笑む自分の姿があった。
○枝蕊、洗面所の外で
鏡の前で嬉しそうに笑む鶸を見る。
枝蕊(鶸に聞こえない声で)「そうだ。鶸はもっと笑っていいんだ。幸せに……俺が幸せにするから」
決意を胸に込める枝蕊。
鶸が洗面所を出た時には廊下に誰もいない。
鶸「……枝蕊?」
(どうしてか見守られていた気がしたのは……気のせい?)

