○社、奥殿、朝
鶸(ここは……)
布団から起き上がり、枕元の神楽鈴を手繰り寄せる。
(あの後、熱がぶり返しては困ると社に泊まったのだった)
鶸「枝蕊さまはアザをさけていたわけではなかった……」(感情の起伏を抑えねばならなかったのだ)
枝蕊が頬を撫でる手を思い出す。
○社屋、巫女・桔梗と
桔梗「おはよう。鶸ちゃん」
桔梗:人間、濃い紫の髪、瞳、クールな美人、巫女服。
鶸「桔梗さん、おはようございます」
ぺこりと挨拶
鶸「枝蕊さまは」
桔梗「既に居間へ」
鶸「わ、私も急いで……っ」
桔梗「ゆっくりで大丈夫よ。朝ごはんの仕度もこれからだから」
着替えを差し出す桔梗。
鶸「なら仕度を」
桔梗「病み上がりなんだからゆっくりしていて」
俯く鶸、けれど小さく頷く。
桔梗(あの子はいつも枝蕊さまのために頑張りすぎるから)
着替えを済ませ神楽鈴を大事そうに背中に挟む鶸を見る
○居間、朝
お粥と少量のおかず
枝蕊「熱は下がったようだな」
鶸「はい」
2人で静かに食事をする。
鶸「ご迷惑をかけました。食べたら家に……帰ります」
枝蕊がハッとして顔を上げる。
枝蕊「迷惑なんかじゃない」
鶸は枝蕊を見つめる。
枝蕊「ここにいろ」
意思の強い表情
枝蕊「また倒れられたら困る」
鶸「……っ」
鶸(枝蕊さまに迷惑をかけてしまう)
枝蕊(あんな状態になったのに家になど返せるか)
○境内、昼
鶸(午前中は安静にしているように言い付けられてしまった)
ふうと溜め息。
(枝蕊さまはどこだろうか)
とぼとぼと回廊を歩く。騒がしい声が聞こえ駆けていく。美羽と匠海が見える。
桔梗「鶸ちゃん、ダメ!」
桔梗が止める。
鶸「……でもっ」
匠海が鶸に気が付く。
匠海:鬼。白い角、淡い金の髪、赤い瞳。
匠海「鶸!貴様、美羽がこんなにも苦しんでいるのに、外泊とは何様だ!」
美羽「ううっ」
美羽がわざとらしく包帯の巻かれた手首を押さえる。
静嵐「桔梗、鶸ちゃんを奥へ」
桔梗「はい!」
急いで鶸を下がらせようとする桔梗。
匠海「待て!私は鬼の頭領のっ」
匠海が桔梗に手を伸ばし静嵐が止めるが、匠海が覇気を露に、静嵐を突き飛ばす。
鶸(美羽を傷つけられて頭に血が昇っている!?)「桔梗さん!」
鶸は桔梗を庇うように無理矢理前に出る。
匠海「この醜いアザ女め!」
匠海が鋭い爪を構える。
枝蕊「そこまでにしろ」
匠海と鶸の間に枝蕊が割って入る。
鶸「枝蕊さま」
枝蕊「静嵐の言葉で素直に帰るなら大目に見たが、神聖な社で暴れるとは何事だ」
感情を圧し殺し、冷淡に告げる枝蕊。
枝蕊「帰るがいい」
匠海「この……っ」
悔しげな匠海。
匠海「化け物の角のくせに」
しかし瞬時に勝ち誇る匠海。←枝蕊が何よりも傷付く言葉を知っている
鶸「やめて!枝蕊さまの角は神さまの角です!」
匠海が鶸を見る。
鶸「枝蕊さまのこと何も知らないくせに。勝手なこと言わないでください!」
匠海「この、人間のくせに生意気だぞ!」
身を乗り出す匠海、間に入る枝蕊(恐いほどの無表情)。
枝蕊「言いたいことはそれだけか」
気が付けばほかの神職たちも集まり匠海と美羽を恐い顔で睨んでいる。
匠海「くそ……っ、行くぞ美羽」
美羽「待ってよ匠海さまぁっ!」
逃げていく2人。
鶸「枝蕊さま」(荒御魂は大丈夫だろうか)
心配げに枝蕊を見る鶸。
枝蕊は鶸を振り返りそっと抱き締める。
鶸「……そのっ」
鶸は顔を赤くする。
枝蕊「ありがとう、鶸。俺のために怒ってくれたな」
鶸「……っ」
反対に鶸の鼓動ははやる。しかし鶸も枝蕊を抱き締め返す。
枝蕊「だから……少し落ち着いた」
抱擁を解いた枝蕊は穏やかな表情。
鶸「良かった」
ホッとする鶸。
枝蕊「戻ろう」
鶸「うん」
ホッとした様子で2人を見守る静嵐や桔梗たちに見送られる。
○思い出の場所、境内、紅葉が舞う
枝蕊と鶸。2人で歩きながら。
枝蕊「ここ、覚えているか」
鶸「うん。幼い枝蕊と会ったね」
鶸の記憶、枝蕊の右角からはいびつな角が伸びる。
枝蕊「ああ……あの頃の俺は」
○枝蕊の回想
枝蕊8歳、粗末な着物、いびつに生える右角
山間の集落、周囲の鬼や人間たちが怒鳴る。
『忌み鬼』『疫病か』『化け物』と。
どす黒いいびつな角が生える。
『呪いだ』『殺せ』『感染する前に!』
恐怖で顔がひきつる枝蕊。
枝蕊(あれが生き神の証だと知ったのは社に引き取られてからだ)
碁盤の目状の都の天空図、静嵐に手を引かれて鳥居をくぐる。
ひとの来ない暗がりで隠れる枝蕊
枝蕊(それでも見られるのが恐かった)
○枝蕊9歳
茂みでうずくまる8歳の鶸(頬にアザ)を見付ける。
枝蕊「お前は?どうしてこんなところに」
鶸「……ごめなさ……っ」
脅える鶸。
枝蕊「……つっ」
枝蕊が痛そうに右角を押さえる。右角には黒々としたものが巻き付く。
鶸「どこかいたいの?」
枝蕊「近付くな……!」
鶸「……ごめんなさい」
鶸はアザのせいだと隠す。
枝蕊「違う。俺は、こんな角で……恐ろしいから」
鶸が自分自身を責めていると感じた枝蕊が否定する。
鶸「だいじょうぶだよ。ひわ、こわくない」
鶸が枝蕊の両頬を包む。枝蕊の頬が赤らむ。角が浄化され虹色になる。
○現在に戻る
枝蕊「鶸がいたから俺は生きてこられた」
鶸をまっすぐに見つめる枝蕊。
枝蕊「俺はあの時からずっと……お前のことだけを見てきた」
ハッとする鶸。
枝蕊「少し予定よりは早いが社で暮らそう。女児なら16を過ぎれば嫁げる」
(本来なら奉角祭の日にと計画していたが、早めるしかあるまい)
鶸「もう……戻らなくていいの?」
←本当はずっと望んでいた
理不尽に怒る美羽、見て見ぬふりをする両親。使用人たちが浮かぶ。
枝蕊「ああ。鶸は俺が守る」
枝蕊が鶸を抱き締める。
○鶸の回想
鶸、8歳。
美羽が暴れ、やかんの熱湯が鶸にかかる。
やけどの痕はアザのように残る。
美羽「気持ち悪い」
美羽が吐き捨てる。理不尽な処遇に絶望して社に逃げ込んだ鶸
茂みの中で踞っていれば、枝蕊が見付ける。
枝蕊「お前は?どうしてこんなところに」
鶸(その時から、ずっと……。それにあの時も)
○11歳の美羽と鶸
美羽「私は匠海さまに選ばれたのよ。アンタみたいな醜いアザ女とは違うの!」
鶸がすくむのをいいことにさらに天狗になる美羽。
美羽「アンタみたいなアザ女は誰にも選ばれないでしょうね」
たまらず逃げ込んだ社。美羽の笑い声の残響。
鶸(こんな頬にしたのは美羽なのに……っ)
鶸は草むらの影で俯き縮こまる。
枝蕊「見付けた」
枝蕊の声がする。
枝蕊「また泣いているのか」
見上げれば12歳の枝蕊。
鶸「どうして」
枝蕊「お前が隠れそうな場所くらい分かるよ」
鶸「……っ」
←心の中ではいつも見付けてくれると信じている
枝蕊「何があった」
枝蕊、跪く。
鶸「私には、アザがあるから。誰にも選ばれないって」
枝蕊「なら……俺が選ぶ」
枝蕊の両手が鶸の両頬を包む。
鶸「え……っ」
枝蕊「もし……16歳になっても気持ちが変わらなければ」
○現在に戻る
現在の枝蕊
枝蕊「気持ちが変わらなければ」
鶸(あの時の……っ)
枝蕊「俺の花嫁になって欲しい」
真摯に見つめる枝蕊。
鶸「……っ」
潤む瞳。こぼれる涙。
鶸「私で、いいの?」
震えながら枝蕊を見上げる。
枝蕊「鶸じゃないといけない」
鶸の両頬に両手を添える枝蕊。
鶸「私も……枝蕊さまじゃないといけない」
枝蕊が微笑む。
枝蕊「枝蕊でいい。そう呼んでくれ」
鶸「……枝蕊?」
枝蕊「ああ」
舞い落ちる紅葉の葉、枝蕊が鶸に口付けを贈る。

