球技大会当日は雲一つない快晴になった
気温30度を超え、生徒達は汗だくになりながらも、試合に臨みときに応援した
男子サッカーは1年2チームが順調に勝ち上がり、決勝戦で健後と俊は当たることになった
通常のサッカーと異なる点も多く、大きな点で書けば試合時間が60分で後半からは選手が総入れ替えになる。小さな点はスパイクの使用禁止ということだ
どちらの組も作戦は同じだ。経験者を後半に回す。図らずとも俊と健後は相対することになった
試合開始のホイッスルが鳴る
俊達1年生Bチームは中央に人数を多く割き、自陣のゴールキーパーに向かって矢印を描くような攻撃的な配置だ
逆に健後の1年生Aチームはディフェンスに5人置き、守備に特化したフォーメーションで迎え撃つ
前半は初心者サッカーというところで、予測不可能な展開が独特な緊張感を生んでいた
前半が0対0で終わり、このまま引き分けならPK戦となる
しばしの休憩の後、試合再開のホイッスルが鳴り、俊のチームから攻撃を始めた

「俊パス」

遠くから飛んでくるボールを俊はスムーズに前へ運ぶ
すぐに健後がボールを奪おうと駆け寄っていく
徐々に徐々に左側のタッチラインに近付く
俊の周りに人が集まり、代わりにゴール前に小さな空間が出来る

「よし」

俊はフェイントを交えゴール前に走って来る生徒にボールを蹴る
しかし、相手は立ち止まるとあらぬ方向を向いた
蹴ったボールはまんまと相手チームに奪われてしまう

「なんでだよ」
「悪りぃー」

俊はすぐにボールに近付き相手選手をブロックをする
ボールは取り返せたが健後が肩をぶつけてくる
自分が衰えたのか、健後が上手いのか
足元でボールが行ったり来たりを繰り返す
考える暇はない。少しの緩みを見つけ、思いっきり蹴りだす
健後はボールの落下地点へ一直線に走り出す
反射的であった。俊は健後のゼッケンを引っ張る
審判の生徒はすぐに笛を鳴らす

「ファウル」

健後は足を止める
俊も姑息な手を使うようになったものだ
もう一度仕切り直して試合が再開すると、健後はボールを誰にも渡さず走り出した
ゴールとほぼ垂直の位置でシュートを放つ
まるで意思をもったかのように綺麗な弧を描き、ゴールキーパーの頭上をかすめ、点を決める
健後はクラスメイトとハイタッチをする
防御に徹しないと目で語っているようだ



奏はバトミントンの試合を終えて水飲み場に向かう
女子の試合は楽でいい
適当にやって負けても誰も文句は言わない

「男子マジになりすぎ」

女子生徒の声が聞こえる
見れば、グランドの方に人だかりができている
昼休み前最後の種目はサッカーの男子決勝だ
教室からも観戦している人が多く、歓声が飛び交う
奏はグラウンドに近付く
俊と健後が戦っているのが見える
まるで将軍と兵士だ。押して引いてと波のように攻防が続く
思えば、二人がサッカーをしているのを見るのは初めてであった
奏は真剣な横顔にどこか不安を覚えた
このままサッカーを続けてしまいそうな雰囲気に焦燥を感じる
大丈夫。これは遊びだ
そう言い聞かせるが、思考はネガティブな方向へ、ずるずると引き込まれる



残り5分――
サッカー部部員の体力なら余裕そうだが、ブランクのある俊は限界が来ていた
太陽からの熱線で視界が霞み、すぐに倒れ込みたくなる
3回も試合をやっているのだから、それも仕方ないことだが
俊の足もとにボールが転がる
前から4人、等間隔に迫って来る
一度後方へ下げてサイドから回り込む
しかし、そんな時間はもうない
俊はぐっと上半身を低くして、突っ込むかのように正面突破をする
このまま人が集まる前に――
俊はゴールキーパーと目を合わせ、シュートを打つ方向と別の方へ見る
右足をボールの上で蹴り上げ、くるりと回転する
ゴールキーパーの体が傾くのを見て逆方向へシュートを放つ

「よし決まった!!」

残り4分30秒--
ゴールキーパーはやけくそ気味にボールを蹴る
Aチームが前へ前とどんどんボールをゴールから引き離していく
人が固まる中、Bチームの一人がボールを高く上げた
俊は飛び上がるも降下したタイミングでボールが来た
両チームの選手が頭と胸を使い、空中戦を繰り広げる

残り3分--
ボールを制したのはBチームであった
再び、ゴールへ一直線に突き進む
シュートコースが塞がってくると、左側を駆け抜ける俊へボールが渡った
俊はもう一度飛び上がりボールをヘディングでゴールへ飛ばす
勢いもなくゴールキーパーはボールに触れるが、掴めず点が入る

「えっ入った」

俊は目を瞬かせる
チームメイトもそんなまさかと思う
得点シーンなのになぜかしんと静まり返った
ゴールキーパーはボールを蹴る

残り2分--
ボールは行き来を繰り返し、何度かシュートが放たれるがゴールキーパーに阻まれていた
Bチームはもはや鉄壁となりつつある
健後は接近できないと分かると強引にロングシュートを放つ。ボールはゴールを大きく逸れた
ゴールキーパーは飛び出してボールを止める
まだボールはコートの中にある
Aチームの選手の1人がキーパーが立ち上がるよりも早くシュートを放ち点を決める
試合の流れが変わった
Aチームは怒涛の追い上げで、すぐにもう1点を決めた

残り1分--
試合は同点のまま、PK戦へもつれ込む気配がした
Bチームには敗戦ムードが漂っている
俊は守ることで精一杯で、タイマーの数字が減る度に命が削られるような感覚であった

「俊君ガンバ」

一際大きな声が聞こえる
俊は声のした方を向く
声の主は奏であった
奏は無邪気な笑顔でタオルを振った
それが一瞬、過去の奏と繋がった
俊はギアを上げたように再び走り出した
健後はロングシュートを放つ
奇跡のゴールだと誰もが確信した瞬間--
俊は残像のように健後の視界に入り込み、ボールを奪っていった
常人離れした跳躍力に校内がざわつく
俊はボールを蹴りながら左右を確認した
あいにくチームメイトは追い付けてないようだ
スピードを緩めて誰かにパスをするのも惜しい
健後と同じように、ロングシュートを放つ
刹那、俊の視界が揺れる
足首に電流が走り、思わず前に倒れる
健後が俊の足を狙って蹴ったのだ
健後も地面に倒れた。無理に足を伸ばし蹴ったから捻挫をしたようだ

「救護担当担架――」

健後は呟く

「俺今クソだせー」

俊は痛みで声を出せそうになかったが

「馬鹿野郎」

と、小さな声で言った



俊と健後は救急車で運ばれ、学校近くの病院に入院することになった
健後はわざわざ入院するほどでもなかったが、頭を打ったという証言があり一日大事を取って休むこととなった
先に健後は怪我の治療を終えベッドで休み、続いて俊が連れてこられた
2人部屋はカーテンで仕切られている
俊の影が動き、健後の方を向く

「骨折だって」
「ごめんな」
「いいよ。沸点は通り過ぎた」

本音は怒りたくて仕方がなかったが、痛みでそれどころでなかったのだ

「俺は健後の思っている程強くはねーよ」

俊は情けなさそうに自分の手をさする

「周りが上手くいかないと全部自分の責任だと思っちまう
小学生の頃に飼ってた金魚が死んだ時もそうだった
当番忘れた奴が悪いけど、俺も悪いんだって」

俊はぼんやりと天井の柄を見つめる

「なぁ健後
俺は傍から見ると優秀かもしれないけど
いつも後ろ見たら誰もいなくて
このまま進んだら進んだら沼地に沈みそうで怖かったんだ
助けてほしくても誰も助けてくれない
皆声の届かないところにいるんだ」
「安心しろ
これからは俺も沼地にいる
どろんこ兄弟だ」
「ありがとう」
「なにがだよ」
「また一緒にサッカーやってくれて」
「俺は凄い窮屈な思いするんだろうな
なにせ俊は優秀だもんな
だけど卑屈にはならない」

健後はカーテンを引っ張る

「主役になれない人間なんていない
主役になろうと思えば主役になれる
だから俺は逃げない」
「カッコつけんなよ」
「俊達が教えてくれたんだろ」
 


奏は停学明けにサッカー部の練習場所へ向かった
初日から授業を受けるのも空気に耐えられない
それに俊の事が気がかりだ
今一番に会いたいと思っていた
俊は奏に気が付いてコーチに声を掛ける

「すいません
ちょっとへばって」
「暑いからな
10分だけだぞ」
「あざす」

俊は奏を手招きする
奏は俊の後に続き、グラウンドから見えない場所へ移動する
俊は振り返ると奏を心配そうな表情で見る

「どうした」

奏は少し不貞腐れたかのように問う

「バンドよりサッカーがいいの」
「バンドがいいに決まってんだろ」
「じゃあなんで」
「お別れを言わないといけないから」

奏は安心したように前屈みになる

「やっぱり」
「そう俺が王子様
自分で言って照れるな」

奏は頭を下げる

「ごめん
俊君だって知らなくて」
「いいよ」

俊は奏の頭を撫でる

「寂しい思いさせて悪かったな」
「今も寂しい」
「ごめん本当に
上手くいくと思ってた」
「言葉にしてくれないと気が付かないでしょ」
「そうだよね」

奏は顔を上げる

「やっぱり駄目なの」
「前に進もう」

俊は奏の顎に触れると静かに口付けをした
奏は過去を思い出し胸の中に温かいものが溢れる

「奏のことが好きだった」
「私も俊君のことが好きだった」

俊は優しく微笑む

「歩こうか」
「・・・うん」

俊はゆっくりと前へ歩き出す
これからも学校で会えるのに、奏は俊の背中を名残惜しそうに見る
俊は左腕を上げ、人差し指を立てる

「俺達がナンバーワン」

奏は泣き笑いをする