■資料断片a|郷土誌(明治二十七年『郡志拾遺』抄)
『郡志拾遺』抄(明治二十七年刊)
— 西南山間 某邑 民俗記事 —
本郡西南、山峡の間に小邑あり。往古は仁食(ニクイ)の里と号す。旧村誌に曰く、「旱魃の年、民相議り、若女を井(ゐ)に沈め、天に祈る」と。其後、里人、其女を肉ゑ神(ニクヱノカミ)と尊び、毎歳供を絶たず。
一、地理・社寺
里は四方山に囲まれ、東は白巌(しらいは)の嶺、西は黒坂の峠に屹立す。中央に枯川(かれがは)と呼ぶ浅流あり、夏はしばしば涸れ、井泉に頼る。社一宇、名を肉ゑ社と称すれど、村外に掲示せず。記録は社家の蔵に納む。
二、由来の条
明治前記、年記欠。古老の口碑に曰く、
「或歳、旱魃きびしく、田畑裂け、穀尽(こくつ)きぬ。村、若女を井に臥せしめ、肉を以て神に代え、雨を請ふ。其夜、空に黒雲湧き、甘雨三夜降る。里人救はる」 此の事を以て、女の遺骸を神とし、里は之を肉ゑと称す。初は穀菜・禽獣を供すれど、後年「神、膨(ふく)れて境(さかひ)破る」として、蓋(ふた)を要すとの説起こる。蓋は巫女家の女子より出すを定め、幼より潔斎の法を授く。
三、儀礼の次第(社家旧記抄)
一、祭、薄月(はくげつ)の比に行ふ(※旧暦八月の異名)。 二、社前に供肉(くにく)・穀・甘液(あまえき)を置く。甘液は赤黒く、香甘し。其製は社家のみに伝ふ。 三、里人は蓋を送り、村境まで笑を作りて送る。涙・嘆声を戒む。三度の笑(三拝に非ず、三笑という)を以て別る。 四、夜、道は中央を歩むの掟あり。端に寄るべからず(※端は流れの側に通ずと曰う)。 五、翌朝、社前の供物、痕なく失す。井戸より白指(しろゆび)現るるを見たると古記に見ゆ(虫損にて詳不明)。
四、掟と禁忌
夜の囁(ささや)きに返事するなかれ。
水の面(おもて)に影を探るなかれ。水は向こうを映す。
旅人・客人に供を過すべし(過ぎたる親切を美徳とす)。
病者・異者を笑顔で迎え、笑顔で送るべし(仮面を外すべからず)。
井戸に火を近づくること、重々禁ず。
(右、社家控『肉ゑ式目』より抜。行間多く虫損・抹消あり)
五、巫女家系譜(抜書)
巫女家は清家(きよけ)と称し、代々、蓋を出す。明和五年より名録あり。名の下に小さく「蓋」の印。或る代、「逃去(にげさ)り」と朱で記す条あり。此の年、里に疫病起こり、死人出づ。
六、災厄記
天保の頃、「なり損ない」里を騒がす。形詳らかならず。子ら多く病に伏す。社家、供を改め、蓋を厚くするも、効果薄し。掟破りの者、無きものとして扱ふこと定めらる。名簿より抹消し、家札も白く塗る。
七、歌謡・数へ歌(童謡抄)
ひとつ蓋して ふたつ目閉じて みっつ笑(ゑ)みして よっつ耳塞ぎ いつつ数えて 向こうに渡る にくゑにくゑ あまいあまい
(音訛り多く、ゑ・笑の表記揺れあり)
八、地図注記
村外れ、古井戸の印、※の形で記す。「古井(ふるゐ)」と旧仮名。傍に「焦痕(こげあと)小さし」と細字で書入れ。誰が記したか不明。
九、編者所見
他郡の水神伝承と通ずる所多し。ただし肉を神格する点、稀例なり。蓋の制度は人身御供の名残・変形と見るも、村外には語られず。社家の語るところ、「笑は蓋なり」「声を荒げれば境破る」。笑顔を掟とするは特異にして、里人の同相(おなじさま)を生むやもしれぬ。
追記:近年、移住者増ゆ。村人これを喜ぶふうを示す。然れど、供多くなるは良き兆と笑うを聞き取り。真意は知らず。
—(『郡志拾遺』巻末付録「西南山間小邑記事」より。活字不鮮明、朱書・虫損多し。注は編者)
『郡志拾遺』抄(明治二十七年刊)
— 西南山間 某邑 民俗記事 —
本郡西南、山峡の間に小邑あり。往古は仁食(ニクイ)の里と号す。旧村誌に曰く、「旱魃の年、民相議り、若女を井(ゐ)に沈め、天に祈る」と。其後、里人、其女を肉ゑ神(ニクヱノカミ)と尊び、毎歳供を絶たず。
一、地理・社寺
里は四方山に囲まれ、東は白巌(しらいは)の嶺、西は黒坂の峠に屹立す。中央に枯川(かれがは)と呼ぶ浅流あり、夏はしばしば涸れ、井泉に頼る。社一宇、名を肉ゑ社と称すれど、村外に掲示せず。記録は社家の蔵に納む。
二、由来の条
明治前記、年記欠。古老の口碑に曰く、
「或歳、旱魃きびしく、田畑裂け、穀尽(こくつ)きぬ。村、若女を井に臥せしめ、肉を以て神に代え、雨を請ふ。其夜、空に黒雲湧き、甘雨三夜降る。里人救はる」 此の事を以て、女の遺骸を神とし、里は之を肉ゑと称す。初は穀菜・禽獣を供すれど、後年「神、膨(ふく)れて境(さかひ)破る」として、蓋(ふた)を要すとの説起こる。蓋は巫女家の女子より出すを定め、幼より潔斎の法を授く。
三、儀礼の次第(社家旧記抄)
一、祭、薄月(はくげつ)の比に行ふ(※旧暦八月の異名)。 二、社前に供肉(くにく)・穀・甘液(あまえき)を置く。甘液は赤黒く、香甘し。其製は社家のみに伝ふ。 三、里人は蓋を送り、村境まで笑を作りて送る。涙・嘆声を戒む。三度の笑(三拝に非ず、三笑という)を以て別る。 四、夜、道は中央を歩むの掟あり。端に寄るべからず(※端は流れの側に通ずと曰う)。 五、翌朝、社前の供物、痕なく失す。井戸より白指(しろゆび)現るるを見たると古記に見ゆ(虫損にて詳不明)。
四、掟と禁忌
夜の囁(ささや)きに返事するなかれ。
水の面(おもて)に影を探るなかれ。水は向こうを映す。
旅人・客人に供を過すべし(過ぎたる親切を美徳とす)。
病者・異者を笑顔で迎え、笑顔で送るべし(仮面を外すべからず)。
井戸に火を近づくること、重々禁ず。
(右、社家控『肉ゑ式目』より抜。行間多く虫損・抹消あり)
五、巫女家系譜(抜書)
巫女家は清家(きよけ)と称し、代々、蓋を出す。明和五年より名録あり。名の下に小さく「蓋」の印。或る代、「逃去(にげさ)り」と朱で記す条あり。此の年、里に疫病起こり、死人出づ。
六、災厄記
天保の頃、「なり損ない」里を騒がす。形詳らかならず。子ら多く病に伏す。社家、供を改め、蓋を厚くするも、効果薄し。掟破りの者、無きものとして扱ふこと定めらる。名簿より抹消し、家札も白く塗る。
七、歌謡・数へ歌(童謡抄)
ひとつ蓋して ふたつ目閉じて みっつ笑(ゑ)みして よっつ耳塞ぎ いつつ数えて 向こうに渡る にくゑにくゑ あまいあまい
(音訛り多く、ゑ・笑の表記揺れあり)
八、地図注記
村外れ、古井戸の印、※の形で記す。「古井(ふるゐ)」と旧仮名。傍に「焦痕(こげあと)小さし」と細字で書入れ。誰が記したか不明。
九、編者所見
他郡の水神伝承と通ずる所多し。ただし肉を神格する点、稀例なり。蓋の制度は人身御供の名残・変形と見るも、村外には語られず。社家の語るところ、「笑は蓋なり」「声を荒げれば境破る」。笑顔を掟とするは特異にして、里人の同相(おなじさま)を生むやもしれぬ。
追記:近年、移住者増ゆ。村人これを喜ぶふうを示す。然れど、供多くなるは良き兆と笑うを聞き取り。真意は知らず。
—(『郡志拾遺』巻末付録「西南山間小邑記事」より。活字不鮮明、朱書・虫損多し。注は編者)
