にくゑ-断片

■断片26|清音の告白
【メモ帳より】
「あなた、知ってるのね」

 川辺で清音が待っていた。
 夕暮れの光が彼女の髪を透かして、まるで天使みたい。
 でも、その美しさに違和感が混じっていた。

「何を?」
「この村のこと。にくゑのこと」

 にくゑ。
 初めて聞く言葉なのに、心の奥で何かが共鳴する。
 お母さんが隠そうとしていた、その名前。

 清音が振り返る。
 愛しい顔が──変わっていた。

 蝋のように白い肌、赤く腫れた目の縁。
 そして、制服の下、お腹のあたりに──

 小さな目がいくつも開いていた。

 声が出ない。
 でも不思議と、恐怖より先に悲しみが込み上げた。
 清音が、清音じゃなくなっていく。

「これが巫女の印よ」
 清音の声は相変わらず透明で美しい。
「にくゑの巫女」

 やっと言葉が出た。
「痛い?」

 清音が驚いたような顔をした。
 まるで、誰もそんなことを聞いてくれなかったみたいに。

「……痛いの。とても」
 小さな声で、本当の清音が答えた。

「あなたのお母さんも、同じだった」
「でも逃げた。私を残して」

 清音の声に、初めて感情らしいものが混じった。
 寂しさ。恨み。それでも愛情。

「だから今度は、あなたが──」
「嫌だ」

 私は清音の手を握った。
 氷のように冷たいけれど、確かに生きている手。

「あなたを一人にしたくない」

 清音の瞳から、涙がこぼれた。
 お腹の目からも、一斉に涙が流れる。

「でも時間がないの。私、もう──」

「にくゑって何?」
 私は必死に聞いた。
「どうすれば、あなたを助けられる?」

 清音が悲しそうに微笑む。
 その笑顔が、今までで一番美しかった。

「にくゑは昔、この村を救った。飢饉の時、土地神が与えてくれた肉」
「でも制御を失えば、すべてを食い尽くす」
「だから巫女が必要。でももう──」

 声が途切れる。
 夕日が川面を染めて、二人の影を長く伸ばしていく。

 初恋が、こんな形で終わるなんて。

【メモ帳の隅に】
 清音を救う方法、絶対にある
 お母さんが逃げた理由も分かった
 でも私は逃げない