にくゑ-断片

■断片22|彼が壊れていく音

【沙織の日記】

 夜になると、家の中に変な音が満ちていく。
 俊夫の喉から聞こえる音。
 骨が軋むような、濡れた木を割るような、そんな音。

 布団に入っているはずなのに、あちこちで響く。
 天井裏からも、床下からも、壁の中からも。
 俊夫ひとりの音のはずなのに、家全体が鳴っているみたい。

 陽太は泣きそうな顔で「お父さん、こわい」と言った。
 私も同じ気持ちだ。
 でも、母だから陽太を抱いて「大丈夫」と言うしかなかった。
 その声が震えていることに、自分でも気づいていた。

 俊夫の顔を見た。
 笑っていた。
 でも、唇の端から赤黒いものが垂れていた。
 それを手の甲で拭って、また舐めた。
 目が、どこか遠くを見ている。
 もう私たちを見ていない。

 ――ミシ、ミシ、ミシ。
 骨の音。
 肉が裂ける音。
 それが俊夫の身体の中から鳴り続けている。

 家が軋むたび、私の心も少しずつ砕けていく。
 この音を聞いていると、もう戻れないんだと分かってしまう。

(行末にインクが滲み、何度も「やめて」と書きかけて掻き消されている)