にくゑ-断片

■ 断片2|移住した理由
【メモ帳より】
 お母さんが死んだとき、私は何も感じなかった。

 病院のベッドで手を握りながら、心の奥底を探ってみた。
 悲しみ、寂しさ、後悔──どれも見つからない。
 まるで心に蓋でもされているみたいに、感情が湧いてこない。

 17歳でこんな状態って、普通じゃないと思う。
 友達もいない、恋人もいない、毎日が灰色で平坦で。
 本だけが唯一の友達だった私には、この感情の欠落が余計に鮮明に見えた。

 △△村への移住を決めたのは、他に行く場所がなかったから。
 お母さんの故郷。「空気がきれいで優しい人ばかりよ」といつも言っていた村。

 でも不思議だった。
 お母さんは一度も、その村に帰ろうとしなかった。
 小さい頃「おばあちゃんに会いに行こう」と言っても、いつも話を逸らされた。

 引っ越しの荷物整理で見つけた、お母さんの古い日記。
 黄ばんだページに、震える文字で書かれていた。

【母の日記・昭和58年7月15日】
 もう二度と、あの村には帰らない。
 あの村で起きたことは、誰にも話せない。
 梓には、絶対に。

「清音」という名前も何度か出てきた。お母さんの幼馴染だったらしい。
 
 ──何があったんだろう。
 
 でも、もう聞くことはできない。
 お母さんはいない。
 
 だから私が行く。
 お母さんが逃げ出した場所へ。
 
 きっと何かがある。
 私の心を動かす何かが。

【メモ帳の隅に走り書き】
 感情が戻るかもしれない
 それとも、もっと壊れるか
 どちらでもいい